転移もまた一つの変異可能性
かつて海洋生物が陸に進出したり、草原の動物が樹の上にすみかを求めたりしたように、生態系の競争から逃げることも一つの進化の形なのです。そして時に、こうした転移的進化は大躍進をもたらします。これは技術や事業についても全く同じです。
私たちが意図しようとしまいと、この世に生まれた創造は、他の場所にも転移する。まるで生態系ニッチが次々と埋まっていくように、エラーを頻発しながらも、未踏領域は自然に開拓されていく。
(『進化思考』p 154-155から)
進化思考では、生物の進化とイノベーションに共通する九つの変異パターンを紹介していますが、その一つが「転移」です。書店をデジタルに転移したアマゾンが大成功したり、花札の販売からテレビゲームに転移した任天堂は、世界的な文化を生み出しました。古くはぶどう搾り器を印刷機に転移したグーテンベルクが情報革命を起こしたように、技術や人の転移は、一つの創造的変化のパターンを形成しています。
こうした変化において、元の場所にとどまる人からすれば、転移した人は逃避したように見えたかもしれません。しかし、別の場所を見つけてこそ輝く価値もあるのです。
最後に、現状から足を踏み出して新しい挑戦へ向かう全ての皆さんへのエールとして、進化思考からこの言葉を贈ります。
今いる場所に留まるだけでは生まれない創造がある。思い切って別の場所に移す勇気を持った人だけに、新しい創造に出会う幸運は降りてくる。
(『進化思考』p 155から)
創造とは、いったい何をすることなのか。
その意味を、私たちは理解しているのか。
建築を学び、「優れたデザイン」を追求し続けてきた筆者は、ある日ふと抱いたこんな疑問を端緒に、創造にまつわる自然の普遍的な法則を探究し始めた。
およそ20年の歳月をかけ、生物の進化パターンから創造性の本質を解き明かした『進化思考――生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』（海士の風刊）。今年9月、「山本七平賞」を受賞した。
太刀川英輔
NOSIGNER代表 / JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)理事長 / 進化思考家 / デザインストラテジスト / 慶應義塾大学特別招聘准教授
デザインストラテジストとして、プロダクト、グラフィック、建築などの高度なデザイン表現を活かし、SDGs等を扱うプロジェクトで希望ある未来をデザイン。国内外の100以上のデザイン賞を受賞、グッドデザイン賞等の審査委員を歴任する。
山本七平賞を受賞した著書『進化思考』（海士の風、2021年）に体系化された、自然から創造性の本質を学ぶ思考法は、産学官の創造的人材育成に用いられる。主なプロジェクトは、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。他の著書に『デザインと革新』（パイ インターナショナル、2016年）がある。
