総選挙で与野党が共に掲げる「分配重視」。現金給付や非正規雇用・子育て世帯への給付金など、さまざまな主張が飛び交う。ただし財源ははっきりせず、所得税減税や消費税率引き下げを掲げる党もある。分配政策で景気は回復するのか。社会は良くなるのか。連載『ポストコロナの新世界』の#9では、「分配革命」を唱える慶應義塾大学の井手英策教授に、与野党の主張では抜け落ちている分配政策の要諦を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部特任編集委員 西井泰之)
誰が首相になっても
分配政策しかもはやない
――岸田文雄新政権は新自由主義からの訣別を訴え、野党も「分配重視」を掲げます。経済政策の思想が大きく変わったようにみえます。
岸田路線が「アベノミクスから大きく変わった」と言われますが、本当にそうでしょうか。私はそうは思いません。
アベノミクスも新自由主義ではありませんでした。2012年12月に発足した第2次安倍晋三政権の政策は、前期と後期で違います。
当初は、異次元緩和などマクロ政策で思い切りエンジンを吹かしました。ですが、16年6月の「新三本の矢」からは、「GDP600兆円」に加えて「希望出生率1.8」や「介護離職ゼロ」を掲げた分配政策へと変わっています。
介護士や保育士の給料引き上げを手始めに、政権の最後の方では消費税率を10%に上げて保育園・幼稚園の無償化や、低所得者限定ですが、大学授業料も無償化しました。
岸田首相は賃金引き上げを強調しています。ですが、安倍政権で既に、「官製春闘」と揶揄(やゆ)されながらも、経済界に賃金引き上げを要請したり、最低賃金を引き上げたりしました。
「一億総活躍」や「働き方改革」など、キャッチフレーズが先行気味だったとはいえ、政権の後半では成長から分配に明確にかじを切ったわけです。
なぜかといえば、結論から言うと分配政策しかもはやないから。これは安倍氏だろうが、岸田首相だろうが、立憲民主党の枝野幸男代表が首相になろうが同じです。