息を呑むほど美しい自然の摂理

 さて、ここではまだ、人体にまつわる重要な疑問に答えを出していない。

 そもそも、赤血球はなぜ赤いのか、という疑問だ。

 その答えは、ヘモグロビンに鉄が含まれるからである。ヘモグロビンは、ヘムとグロビンという二種類の物質からなり、ヘムはポルフィリンという骨格の中央に鉄イオン(Fe)がはまり込んだ構造をしている。ポルフィリンは、炭素原子(C)、水素原子(H)、窒素原子(N)が規則正しく並んだ環状構造の有機化合物である。

 金属イオンは一般に、他の物質と結合して錯体という構造をつくると、それぞれ特有の色を持つ。錯体は高校の化学で学ぶ知識なので、おぼろげながら覚えている人もいるかもしれない。鉄の錯体であるヘムは、赤色をしているのだ。

 血液に鉄が含まれることも、経験上知っている人は多いだろう。血を舐めると鉄の味がするし、鉄不足は貧血を起こす。よく知られた知識である。

 ちなみに、植物が緑色なのは、葉緑体の中のクロロフィルという色素によるものだが、クロロフィルの構造はヘムと驚くほど酷似している。ポルフィリンの中央にマグネシウムイオン(Mg)がはまり込み、マグネシウムの錯体を形成したのがクロロフィルなのだ。

 植物はクロロフィルで光エネルギーを吸収して酸素を生成する。これが光合成だ。一方、動物の体内ではクロロフィルと同じ構造のヘムが酸素の運搬を担っている。進化の過程に思いを馳せると、息を呑むほど美しい自然の摂理が見えてくる。

 ただし、自然界において酸素の運搬を行うのはヘムだけではない。一部の昆虫やエビ、カニ、イカ、タコなどの生物は、銅の錯体であるヘモシアニンを使って酸素を運搬する。これらの生物の青い血液は、銅に由来するものなのだ。

 自然界の生物たちは、体内に金属をうまく取り入れ、有効活用している。

 真に興味深いのは、これほど見た目の違う生物でも「酸素の扱い方はよく似ている」という事実だ。

 生きる上で必須の機能ほど、種を超えてよく似たシステムが利用されているのだ。

 それは必然的に、自然淘汰の果てに生き残った、もっともすばらしい機能なのである。

【参考文献】
(1)日本赤十字社「エイズ、肝炎などのウイルス保有者、またはそれと疑われる方」
 (https://www.jrc.or.jp/donation/about/refrain/detail_04/)

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)