全体構想を描いた上で、
当初は少数のサービスに特化するべき

 シンガポールではマイナンバーを使用することで、民間サービスを含む1400以上のサービスが利用できます。インドでも同様にアドハーがプラットフォームとなり、多くの官民サービスを利用できるようになっています。

 では、これらが一朝一夕に実現できたのかというと、そんなことはありません。

 DXの成功事例を見てみると、その多くではアーキテクトが全体構想を描いた上で、当初は少数のサービスに特化してプラットフォームを構築し、その後にサービスを横展開しています。

 アドハーが信頼できる身分証明書として普及したことによって、数億人の国民が銀行口座を開設できるようになり、生活給付金の不正受給も大幅に減らすことができました。

 その後、共通プラットフォームを開放することで多くのフィンテック企業が参入し、さらなるサービスの拡充が実現しました。

 インドネシアのゴジェックは、まずバイクタクシーの配車サービスを立ち上げてプラットフォームを構築してから決済、小売り、外食などに事業を展開しています。

 また、今では世界最大のEコマース企業になったアマゾンも、全体構想を描いた上で、腐らず、定価が決まっていて、箱詰めもしやすくEコマースとの親和性が高い書籍販売を足掛かりに事業を始めたのは有名な話です。

 日本のマイナンバーも、今あるものを寄せ集めて横串を通そうとするのではなく、まず白紙にプラットフォームの全体構想を描き、ゼロからシステムを構築すべきです。

 普及率を一日でも早く高めるためのアプローチとしては、今あるデータベースを転用するという選択肢もあります。

 例えば、約3000万人が保有しているパスポート情報をマイナンバーに転用することも考えられますし、民間サービスの持つデータを転用することももちろん考えられます。5000万を超えるアカウントを保有していると言われている楽天市場のIDを転用すれば、前回も述べた多数の〇〇ペイによる不毛な競争に終止符を打てるかも知れません。

 当然、これらの手法にはデメリットもありますし、実現へのハードルもあります。

 しかし、こうした貴重な資源を最大限有効活用できるよう、行政と民間という枠組みを超えて協力し合うことができるならば、日本がDX先進国として名を馳せる日もそう遠くはないかもしれません。

 次回以降も、読者からの質問に答える形でアーキテクト思考について事例を交えながら解説できればと思いますので、こちらから質問をいただければと思います。

細谷 功(ほそや・いさお)
ビジネスコンサルタント・著述家
株式会社東芝を経て、アーンスト&ヤング、キャップジェミニ、クニエ等の米仏日系コンサルティング会社にて業務改革等のコンサルティングに従事。近年は問題解決や思考力に関する講演やセミナーを企業や各種団体、大学等に対して国内外で実施。主な著書に『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)、『具体と抽象』(dZERO)『具体⇔抽象トレーニング』(PHPビジネス新書)、『考える練習帳』(ダイヤモンド社)等。

坂田幸樹(さかた・こうき)
株式会社経営共創基盤(IGPI)共同経営者・IGPIシンガポール取締役CEO
キャップジェミニ・アーンスト&ヤング、日本コカ・コーラ、リヴァンプなどを経て現職。現在はシンガポールを拠点として政府機関、グローバル企業、東南アジア企業に対するコンサルティングやM&Aアドバイザリー業務に従事。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)、ITストラテジスト。