ここ数年、「パーパス(Purpose)」導入に取り組む企業が急増している。ソニーグループやサイバーエージェントをはじめ、多くの企業がパーパスの実装を急務としているのはなぜだろうか?
それは、いま若い世代を中心に、自分の仕事が「社会の役に立つかどうか」を重視する人が増え、パーパスのない企業には優秀な人材が集まらなくなっているためだ。
しかし、実際にパーパスを策定し、組織に根づかせるには様々なハードルがあり、道半ばで悩んでいる企業や経営者は多い。
そこで今回は、戦略デザインファーム「BIOTOPE」代表の佐宗邦威氏がパーパス実装のノウハウについて語った、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの新刊『PURPOSE パーパス』の刊行記念セミナーより、質疑応答の模様をお届けする。(構成/根本隼)
パーパス実装の最前線の悩みを解きほぐす
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけた後、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニー株式会社クリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わった後、独立。BtoC消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトを得意としている。 著書に、『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』(日経BP)、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN 』(ダイヤモンド社)、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)。 多摩美術大学特任准教授。大学院大学至善館准教授。
パーパス経営の実装は、現在進行形で起こっているテーマで、現場でさまざまなトライアルをしながら課題が生まれています。そこで、セミナーの質疑応答を通じて、垣間見えるパーパス実装の現在地と課題について書いてみたいと思います。典型的な悩みとしては以下のような悩みが挙げられます。
1.企業理念は存在するが、形骸化している
2.現代にあう理念を作ったが、理解・共感が足りてない
3.理念はいったん伝えているが行動に落ちていない
4.個人のパーパスと組織のパーパスの接合点をどう増やしていくか?
本稿ではこのうち、1と2について取り上げます。
1.企業理念は存在するが、形骸化している
多くの企業には、Webサイトにしっかりと経営理念が書いてあります。それらは、創業時に作られた理念である場合は、日本国憲法のように「不可侵」の領域になり、サラリーマン経営者世代では変えられないものになっているケースがあります。
そうした場合は、すでに形骸化していて、日常の業務や生活の中には息づいていないケースも多いのではないでしょうか?理念は、いま生きている人の現在、そして未来に向けた行動の物語と結びついて初めて生きたものになります。多くの大企業におけるパーパス立案の活動は、このほぼ埃をかぶってしまった理念をひも解くところからスタートしているのではないかと思います。
本来であれば、ミッション、ビジョン、バリューをはじめとした理念の体系自体を再定義するという形が適切な運用なのですが、過去ずっと使われてきた理念に手をつけることは実際ハードルが高いです。そういう場合のパーパスは、未来思考のビジョンを結晶化させたようなものとなるので、ミッション・綱領、バリューなどに手をつけずに、新たに理念を活用していく際に便利な形で使われているのではないかと思います。
そこで、老舗企業の創業家で働くイベント参加者から興味深い質問がありました。
Aさん 「私が勤めているのは実家の会社で現在3代目ですが、パーパスをつくって伝播させていくために適切な手法は、企業のフェーズによって大きく異なると思っています。
創業1代目の場合は、創業者が持っているものがパーパスであり、そこにミッションやビジョンが紐づいています。それに対し、ある程度組織が成熟し、創業当時を知らない人たちが主流になっている企業のケースでは、トップを中心に『こういうふうになりたい』という想いをベースにパーパス・ミッションをつくっていくべきでしょうか。あるいは、ボトムアップで意見を吸い上げて、それをパーパスに落とし込んでいく方がいいのでしょうか。」
理念の正統性をどのように担保するか
これは非常にいい質問です。理念を創業者やその一族などのオーナーのものとするか、広い従業員も含めた所有物とするかという問いです。日本は100年企業が世界一多いと言われる国ですので、こういう課題を抱える人は少なくないのではないかと思います。これは、理念の正統性をどこに置くのが自然かという問いと置き換えて考えればいいでしょう。
僕は海苔の老舗で、現在11代目の方が経営している山本山さんと仕事をしたことがありますが、山本山さんの理念を深く掘っていくと、あくまでその主軸は、過去にあります。
日本のおいしい和食の味を残し続けるという一種の文化伝承を大事にしている会社なので、未来に向けた世の中の変革を強く意識しているわけではありません。この場合、創業家が文化の守り手で、創業家が昔から大事にしてきたものを現代風にして伝えていくことが、パーパスを考える上で重要な視点になります。パーパスを知る正統性が、これまで継承してきた茶の目利きや味の管理というところになっていますので、創業家が過去をベースにパーパスをつくった方がうまくいくケースだと思います。
一方、業界の動向が大きく変化して苦しんでいる業態においては、3代目、4代目の方が全く違う業態に変化させるためにチャレンジしていくこともあります。ただ、こうした場合も、基本的に家族経営の会社でボトムアップはあまり成立しないと考えています。創業家自身がパーパスを手がけることで正統性が増しますし、成功するケースが多いのではないでしょうか。
2.現代にあう理念を作ったが、理解・共感が足りてない
また、いま多くの企業が取り組もうとしているのが、つくったパーパスやビジョン、ミッションを理解してもらう活動です。以前は、「理念浸透」という形で理解されていた活動ですが、トップダウンでつくった理念をただ念仏のように覚えて行動させるというのは、理解こそ深まれど、社員1人ひとりの自発的な価値を生み出す行動にはつながりません。
そこでこんな質問がありました。
Bさん 「『企業理念を自分ごと化して、自分なりの解釈をしてください』と従業員に呼びかけても、『1人で解釈を考えると間違った方向に行きかねないので、もっと明確に理念を定義してほしい』という反応がたびたび返ってきます。
そのような意見にも一理あって、理念を浸透させる側としては、誤った解釈が広まるのを避けたいのも事実です。どのように伝えていけばいいのでしょうか。」
理念を自分ごと化してもらうにはどうすればいいのか?
理念を自分ごとにしてもらうために、会社を主語にしたストーリーをつくって理念を伝え、社員が自分の物語に語り直すような理念ストーリーテリングのようなプロジェクトを実践することが増えてきています。ただ単に「考えてください」と社員に丸投げするのではなく、パーパスや企業理念を物語にしたり、実現された事例をエピソードとともに語りながらある程度のガイダンスを与えつつも、完全には定義されていない「余白」を残したものを用意するのがいいのではないかと思います。
これは、いわば、大きな筋書き(プロット)を会社が用意し、現場で1人ひとりが自分なりの物語(ナラティブ)によって補完することで完成する、会社と社員が一緒に作る物語にしていくということです。
一方で、パーパスやミッションについては、言葉の定義をしっかりと伝えることも重要です。例えばクックパッドは「毎日の料理を楽しみにする」のようにシンプルかつ、具体的な言葉にミッションが落とし込まれています。この場合、毎日の料理というものを、性質上楽しいハレの料理を除いた、ケの料理として定義したうえで、それを楽しみにするというもので、現状では毎日作ると大変な料理という活動を、誰にとっても楽しみになるようにするという自社の果たす役割を言語化しています。
いわば、その会社のミッションの聖典のような、その理念の背景にある定義を小冊子や、書籍のような形でしっかりと伝えていくことも重要になっていますし、用語集のようなものをガイドとして作るケースもあります。
(本稿は、『PURPOSE』刊行記念セミナーのダイジェストです)