『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』が刊行された。世界150万部超の『アイデアのちから』、47週NYタイムズ・ベストセラー入りの『スイッチ!』など、数々の話題作を送り出してきたヒース兄弟のダン・ヒースが、何百もの膨大な取材によって書き上げた労作だ。刊行後、全米でWSJベストセラーとなり、佐藤優氏「知恵と実用性に満ちた一冊」だと絶賛し、山口周氏「いま必要なのは『上流にある原因の根絶』だ」と評する話題の書だ。私たちは、上流で「ちょっと変えればいいだけ」のことをしていないために、毎日、下流で膨大な「ムダ作業」をくりかえしている。このような不毛な状況から抜け出すには、いったいどうすればいいのか? 話題の『上流思考』から、一部を特別掲載する。

「頭の悪い人」がよくやってしまう残念な思考法Photo: Adobe Stock

よかれと思った行動で、状況を悪化させる
──「コブラ効果」という落とし穴

 コブラ効果とは、ある問題を解決しようとして、かえって問題を悪化させてしまうことを言う。

 この名前はイギリス統治時代のインドでの出来事にちなんでいる。イギリスの行政官が、デリーのコブラの多さに頭を悩ませ、インセンティブの力で問題を解決すればいいと考えた。そして「死んだコブラを持ってきた者に懸賞金を与えよう」というお触れを出した。

「これで一件落着、と行政官は考えました」と、ファイナンス教授のヴィカス・メロートラが、ポッドキャスト「フリーコノミクス」で説明している。「でもデリー市民のなかに、コブラを繁殖させて儲けようと考えた人たちがいました。行政府には突如、コブラの死骸が殺到し始めました。思ったほどよい案ではなかったということになり、懸賞金は撤回されました。でもそのころには山ほどのコブラが繁殖されていました。繁殖した人たちは売れなくなったコブラをどうしたでしょう? 逃がしたんですね」

 コブラを減らそうとする取り組みが、かえってコブラを増やしてしまったのだ。

浅い考えで、むしろマイナスの結果を生む

 同じコブラ効果でも、もっとさりげない例もある。組織心理学者でオーストラリアのイノベーション会社インベンティウムの創業者アマンサ・インバーは、残念な経験をした。

 インバーが率いる総勢15人の会社は、2014年にメルボルンの新しいオフィスに移転した。インバーは改装に約10万ドルをかけ、すばらしいオフィスを完成させた。仕切りを取り払った開放的な空間に、特注の長い木の机が2つ置かれ、天井まで届く4メートル近い窓から光が差し込み、壁には図象が描かれている。クライアントの目には、まさに理想のイノベーション会社に映った。完璧だった……ただし、働きやすさを除いては。

「一日が終わりに近づくと、いつも思いました。『今日は大した仕事をしなかったわ、メールを読んだり、ミーティングをしたり、同僚に仕事を中断されたりして一日が終わってしまった』って」とインバーは言う。そのうち、大変な仕事は夜間や週末に行うようになった。

 開放空間は対面の共同作業が行いやすいと思っていたのだが、むしろ逆効果だった。

「会話がみんなに筒抜けだと、話そうという気にはならなくて」と彼女は言う。

 またいざ会話が始まれば始まったで、ほかの全員が気を取られ、注意が散漫になり、仕事に深く集中できなかった。インバーは午前中はカフェで仕事をするようになり、部下にもそうする許可を与えた。その結果、最近ではせっかくの新しいオフィスに2、3人しかいないのがあたりまえになってしまったのだ。

 ハーバードの研究者イーサン・バーンスタインとスティーヴン・ターバンによる2018年の研究が、インバーの経験を裏づけている。この研究では、開放型のオフィスへの移転を予定していた、フォーチュン誌の企業番付に名を連ねる2社を調べた。

 それぞれの会社で志願者を募り、移転の前後に「ソシオメトリックバッジ」と呼ばれる行動センサーを装着してもらい、社内でどこに移動したか、誰とどのくらいの頻度で会話したかを計測した(会話の内容ではなく、会話した事実だけを記録した)。これによって、開放空間について誰もがいちばん知りたい疑問、「対面のやりとりが促されるのか」に答えを出そうとした。

 答えは笑ってしまうほどはっきりしていた。どちらの会社でも、対面のやりとりは70%ほど減った。他方、メールとメッセージのやりとりは急増した。社員は会話しやすいように近くの席にすわらされると、かえって話さなくなったのだ。これもコブラ効果だ。

成功の秘訣は「試行、錯誤、錯誤、錯誤」

 ややこしいことに、こういう状況では矛盾する「常識」の糸を解きほぐさなくてはならない。

 一方ではこう考える。席が近くなれば、共同作業が増えるに決まってる! そんなのは社会学の常識だ。その一方では、こう考える。いや待てよ、地下鉄や飛行機を見てみろ。ぎゅうぎゅうに混んでるときは、みんなヘッドフォンや本や露骨に嫌そうな顔で、必死にプライバシーを保とうとするじゃないか。

 どちらの常識を信じるべきかを前もって知る方法はあるだろうか?

 普通はわからない。だから実験を行う。

「いつも忘れないでほしい。あなたが知っていることや、みんなが知っていることは、すべてただの“モデル”にすぎないということを」と、システム思考家のドネラ・メドウズは書いている。「あなたのモデルを取り出して、誰もが見える場所に置こう。あなたの仮定に疑問を投げかけ、新しい仮定を加えてほしいと、みんなに呼びかけよう。……知らないことがあれば、ごまかしたり固まったりせずに学習しよう。学習に必要なのは、実験だ。あるいは建築家のバックミンスター・フラーが言ったように、試行、錯誤、錯誤、錯誤だ」

 インバーは開放型オフィスでの失敗を振り返って、近くのヴィクトリア州立図書館に社員を連れていって実験をすればよかった、と言っていた。この図書館には、共同作業のための開放空間から、一人になれる空間までのさまざまな環境がある。もしチームがこうした環境に実際に身を置き、生産性や心の状態にどんな変化が起こるかを調べていれば、その経験をもとにもっと働きやすいオフィスを設計できただろう。

(本稿は『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』からの抜粋です)