『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』が刊行された。世界150万部超の『アイデアのちから』、47週NYタイムズ・ベストセラー入りの『スイッチ!』など、数々の話題作を送り出してきたヒース兄弟のダン・ヒースが、何百もの膨大な取材によって書き上げた労作だ。刊行後、全米でWSJベストセラーとなり、佐藤優氏が「知恵と実用性に満ちた一冊」だと絶賛し、山口周氏が「いま必要なのは『上流にある原因の根絶』だ」と評する話題の書だ。私たちは、上流で「ちょっと変えればいいだけ」のことをしていないために、毎日、下流で膨大な「ムダ作業」をくりかえしている。このような不毛な状況から抜け出すには、いったいどうすればいいのか? 話題の『上流思考』から、一部を特別掲載する。
「疑似体験」で問題を探る
空港や学校などの公共建築物を手がける国際設計事務所コーガンで働く2人の建築家が、高齢者が建物を歩き回るとき、どんな問題に遭遇するだろうと考えた。
この問題に寄り添う方法には何があるだろう?
高齢者に聞き取り調査をする? 高齢者と一緒に建物を歩き回って問題を確認する? 事故報告書を読んで、事故や転倒が起こった状況や場所を調べる?
建築家のマイク・スタイナーとサマンサ・フローレスはさらに一歩踏み込んだ。高齢者の気分を味わうためにつくられた「お年寄り体験スーツ」を着たのだ。
「スーツには体の動きを制限するようなベルトやおもりがついていて、老化に伴う体の変化を疑似体験できるようになっているんです」と、スタイナーはラジオ番組「ヒア・アンド・ナウ」で説明した。「ほら、このベルトのせいで、ひじを思うように曲げられません。また年を取ると指先を動かしにくくなりますよね。この手袋は、指先の運動能力の低下を疑似体験するものです」
手足が重くなる感じを手足のおもりで、目と耳が不自由になる感じをゴーグルとヘッドフォンで体験する。足の感覚が衰え、地面がどこかわかりにくくなる感じを体験するために、靴の上からさらに靴を履く。
とにかく時間がかかって疲れる
スタイナーとフローレスはこのスーツを着たまま、ダラス・フォートワース国際空港を歩き回った(出張で利用した経験から言うと、この空港はただいるだけでも疲れて年を取ったような気分にさせられる)。
「まず気がついたのは、どこへ行くにも時間がかかるってことでした」と、フローレスはラジオで言っている。「座って休憩できる場所が絶対に必要でした。だからベンチや手すりを増やすことにしました。一般に、大コンコース通路は大勢が行き来できるように幅広くつくります。でもそうするとよろけたときにつかまる場所や、休みたいときに一息つける場所がなくなってしまいます」
傾斜が高齢者を混乱させることもわかった。これから床が上がります、下がりますという目印が必要だった。エスカレーターの乗降口で水平になるステップが2枚だと乗りにくいこともわかった。空港のパブリックスペースには水平部分が3枚のエスカレーターを推奨するようにした。(中略)
まずは「1人の問題」から始める
大きな問題を考えるときは、とかく大きな単位で考えがちだ。1000人の問題を解決するのに必要なことは何かと聞かれたら、きっと本能的にこう答えたくなる。「1000人の一人ひとりに対応することはできないから、広い視野で考えなくては」
だが実は、この考え方は完全に間違っている。(中略)
1人を助ける方法を知らなければ、1000人や、まして100万人を助けることなどできない。
それはなぜかと言えば、問題は近くから見なければ理解できないからだ。本書で説明してきたように、問題は寄り添わない限り理解できないのだ。
(本稿は『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』からの抜粋です)