外国企業の成功体験が
日本企業にも当てはまるとは限らない

 ファンド出身の取締役も、株主の利害として分割したほうが企業価値は上がると信じているから3分割案を計画したわけで、その点で金融のプロが練りこんだ戦略であることは疑いないと思います。ただ、外国人の成功体験を東芝に当てはめるという点が、日本人の専門家である私から見れば「時代遅れ」に見えるだけです。

 確かにHPの4分割成功は、コングロマリットディスカウントに直面した大企業にとっては注目すべき成功例です。1999年にコンピューター部門から計測器部門をアジレントテクノロジーとして分割させる。計測器部門は、さらに2014年に市場と技術特性の違いから二つの会社に分割します。コンピューターに関しては、パソコンとサーバーの会社を2015年に分割します。結果として、4社合計の企業価値は確かに米国株式市場平均を大きく上回っています。

 ビジネスサイクルが長期でかつ設備投資にそれほど資金を必要としないインフラサービス会社と、ビジネスサイクルは短期だが、市場動向が動きやすく設備投資が重要なデバイス会社を分離する東芝の戦略は、企業会計論の観点では理にかなっています。

 東芝の社外取締役の一人は、アメリカの大手化学会社デュポン出身で、近年、やはり会社分割をしたダウ・デュポンの事例をよく知っている方です。理詰めで会社分割戦略を提案した背景は、よくわかります。

 一方で、もともとはコングロマリット経営にはコングロマリット経営の利点があったからそれが続いていたことも事実です。冒頭にお話ししたようにソニーホールディングスの強みは、経営陣や幹部社員が社内の社員力を熟知して活用できている点です。

 ソニーの柱の一つであるプレイステーションも、社員力とコングロマリットとしての資金力の存在がなければ誕生しませんでした。

 プレイステーションは、生みの親と言われる久夛良木健氏が、「木更津にあるソニーの半導体工場が研究・開発する未来技術なら、既存のゲーム機メーカーを駆逐できる」と確信することで起案したアイデアです。それをソニーミュージックの社長だった丸山茂雄氏が、「久夛良木氏なら、それができる」と自分のところに引き取って、そこにグループ内の有力社員を引き抜くことで始まりました。

 幹部人材が業界内で流動化しているHPやダウ・デュポンと、有力人材の多くが社内・グループ内にとどまる日本のコングロマリットはそもそも人材優位性が異なるのです。

 一方で、東芝の大株主の中からは今回の3分割案に反対するファンドも出ています。彼らは、分割すると「高い確率で同様の問題を抱えた『小さな東芝』を三つ生み出すことになる」と話しているそうですが、私もそれに同意します。

 欧米企業がコングロマリット解体を戦略として選択する理由は、グループの社員力をカウントできない経営者たちが上層部を占めるようになったからです。近年ではGEが会社分割に踏み切りましたが、これもジャック・ウェルチとジェフ・イメルト時代には考えられなかった消去法的に生まれた戦略でしょう。カリスマのジャック・ウェルチと違い、並の経営者はもっと小さい組織のほうが経営しやすいのです。

 社外で占められる東芝経営陣も、社外であるがゆえの人材把握力不足からその道しか選べなかったのではないかと私には思えるのですが、みなさんはどうお感じでしょうか。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)

訂正 記事初出時より以下の通り表記を改めました。
17段落目:役員2名が引責退任→役員2名が退任
18段落目:ファンドが推薦する4人が新経営陣に加わります→3人が新しく取締役に加わります
18段落目:東芝の取締役会8人のうち4人がファンド側という体制→東芝の取締役会8人のうち6人がファンドも賛成する社外取締役という体制
(2021年12月3日18:56 ダイヤモンド編集部)