優秀な若手に去られたのは
誰のせいなのか
インセンティブ(誘因)になることはいろいろある。マズローにせよ、ハーズバーグにせよ、ポーター&ローラーにせよ、これらをわかりやすく解説する理論はいくらでもある。仕事の魅力を高めるための要素はすでに十分整理されているのだ。不確実性の高い時代だから、遠い未来のインセンティブは効かないことを理解して、今のその人の仕事、職場、待遇をよくするしかない。だから、優秀な若手の退職問題は、人事部門だけが対応することではなく、事業部門の役員たち自らがどうにかしなければならない問題でもあるのだ。
これまでは、長い期間かけて全員の期待値をそれなりに維持できるように、上手にごまかしながら、すべての人に一定の(低い可能性の)チャンスを与えるようにしてきた。したがって、将来を嘱望される人から、強い異動希望などがあっても、その一人の希望だけをかなえるわけにはいかないということにして、最低限の対応しかしてこなかったのがこれまでの日本企業である。
しかし、すべての人が短期視点になっている現在、長い期間をかけて全員に同様のチャンスを与える方法は合理的でない。すると、もし優秀と思われる人に残ってもらおうと思うならば、当人に対する期待値の高さによって、チャンスを与えられる人と与えられない人が明確に分かれることになるだろう。特定の人ばかりがチャンスを与えられ、一方ではまったく無視され続ける社員がいるような状況でいいのか、そういう状況を日本の大企業組織やそこで働く社員たちが許容できるのか、それを実施する覚悟があるのかといった大問題になる。
もちろん若手は貴重な人材で、自分たちとは違う彼らの価値観を重んじて、大切に育てなければならない。しかし、ひとたび去られたなら、逃した魚は大きいと残念がってばかりいるのではなく、今いる(中高年も含めて)人をどのように使い、その能力を引き出していくか、人事の前提といわれてきた平等性や公平性の再解釈も含めて、同時に考えていかねばならない。優秀な若手が辞める問題は、人事役員に文句を言っていれば良い問題ではなく、会社の組織のあり方の根本的な深い課題を内包しているのである。
(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)