W杯個人開幕戦で3位。初めて表彰台に上がると、第2戦でW杯初優勝。さらに第3戦でも難しいコンディションの中で連勝を飾り、一躍、世界から脚光を浴びる存在となった。

 そこからは破竹の勢い。第7戦で4勝目、伝統ある「スキージャンプ週間」の開幕戦(W杯第8戦)で5勝目を飾った。ジャンプ週間で日本選手が優勝したのは、2000-01シーズンの葛西紀明以来、開幕戦優勝は1997-98シーズンの船木和喜以来だった。

 伝統的に「日本はジャンプに強い」という印象はあるが、長野五輪以降、実は約20年近く、世界に差をつけられて届かない「低迷期」があった。これを打開したのが小林陵侑だった。

 このシーズンは結局、大会最多タイの6連勝を含み、年間13勝を記録。圧倒的な強さで、日本人史上初のW杯総合優勝に輝いた。ヨーロッパ選手以外が総合優勝するのも、史上初だった。

 おそらく、小林陵侑のこの快挙、そして彼の存在がいかにヨーロッパで大きなものか、日本のスポーツファンにきちんと伝わっていないのではないだろうか。既にこの時点で小林陵侑は、幾多のレジェンドたちが成し得なかった記録を塗り替え、驚異と尊敬のまなざしを浴びる英雄となっている。

 突然の目覚め、大きな飛躍を遂げた陰にどんな秘密があったのか。私は、小林陵侑が所属する土屋ホームの監督兼選手である「レジェンド」葛西紀明に話を聞かせてもらった。

葛西紀明のアドバイスが飛躍のきっかけに

「確か2017年の夏合宿のとき、助言したんです」

 葛西はこう語る。

 その助言が、平昌五輪での7位入賞となり、さらには次のシーズンの大飛躍につながったのかもしれない。その助言とは一体?