夢のなかでの体験学習
エルラッヒャー(以下略):たしかにこれは主流の研究ではありません。「夢なんてくだらないもの、調査する価値もない」と言い放つ人たちもいます。
また「被験者たちが実際に夢を見ているかについては、確かめようがない」と批判する人たちもいますし、我々が実施したフィールド実験のいくつかは、今回のコイン投げの研究も含め、まだ研究室レベルでは再現されていません。
ですが、実証的な研究成果をここに引き合いに出すことができます。つまりスポーツ選手がイメージ・トレーニングを繰り返すことで成績を改善できることは、すでに確立しています。ですから、夢によって同じ効果が達成できるというのも理にかなっています。
我々が実施したある実験では、夢のなかで膝の屈伸運動をするように被験者たちに求めました。体は実際に動かなくても、心拍数と呼吸数は、被験者がまるで運動しているかのように、若干増加しました。つまり脳が夢のなかの運動に現実さながらに反応しているわけですから、夢をシミュレーションとして利用できることになります。そこで体験学習ができるわけです。
HBR(以下色文字):この研究のなかには、夢のなかでセルフトレーニングをして一輪車の乗り方を習得したと主張する男性の事例など、突拍子もないように聞こえるものもあります。
それはドイツ人研究者の固有事例であって、研究室レベルで実験を行ったわけではありません。とにかく彼は「信じることは起こりうるはずだ」という論旨をまとめ、例に挙がったような活動のいくつかを身をもって実証しました。彼の研究の多くは、バランス関連の課題を伴うものでした。
まず彼はスノーボードをしている夢を見ることから始めました。その後、覚醒した状態にある時にも、実際にスノーボードが得意になりました。彼の主張によれば、夢のなかで練習することでスノーボードをしっかり習得できたので、バインディング(固定器具)をつけなくても滑れるようになったとのことですが、それほどのレベルに達するのは不可能に近いことです。
私は彼とスノーボードをしにいった人たちと話をしましたが、この人たちは実際に彼がそうするのを目撃しています。ですから、何らかの確証があるわけです。
あなたの実験の被験者となる人、つまり明晰夢を見る人たちはどのようにして見つけるのですか。
明晰夢を見る被験者探し、それがこの実験でいちばん大変な部分です。我々が研究拠点としているドイツでは、国民の約半数が明晰夢のことをよく知っていて、実際に経験したことがあると報告しています。ですが毎晩、明晰夢を見る人はドイツ人のわずか1%にすぎません。
実験のために研究室で成果がまったく上がらない無駄な夜を過ごさなくて済むよう、この1%をぜひとも見つけ出したいと思うのが、関係者共通の願いです。この希少な人たちを探し出すために、我々は新聞広告を出しています。また募集のウェブサイトも利用しますし、クチコミにも頼ります。それでもまだ、非常に困難な状況にあります。
明晰夢を見る方法は習得できるものですか。
はい、可能です。そのためのテクニックがいくつかあります。そのうちの1つは、睡眠中の人を就寝から6時間後に起こし、1時間そのまま起きていてもらい、その間にこれから見る夢のリハーサルをし、それからまた3時間眠ってもらいます。ある研究では、このテクニックを試した人たちの50%は、2回目の睡眠の間に明晰夢を見ました。
私は明晰夢を見るスキルを習得するために、「リフレクション・テクニック」(振り返り法)と呼ばれる別の方法を利用しました。この方法では、1日に10回、何かしている最中の行動を中断して、「私は夢を見ているのか、それとも起きているのか」と自問します。そうすることで批判的な思考力を高められるようになり、進行中の夢を夢として認識するスキルが上がります。
2カ月後、私は初めて明晰夢を見ました。そこでは、私は実家のキッチンにいたのですが、目の前の窓から出て近所を飛び回ろうと決心しました。
いまでは明晰夢を見る時には、時々、壁を通り抜けるといったおもしろいことをします。ただ残念なことに、しょっちゅう明晰夢を見るわけではありません。年に5~10回程度にすぎません。