ワクチン接種が「容易でない」選手も

 トップレベルで戦うアスリートたちは、それでなくても苛酷な規制を受け入れて生活している。いつ抜き打ち検査(ドーピング・チェック)の検査官が部屋のドアをノックするかわからない日常生活の中で、風邪をひいても市販の風邪薬を飲むことができない。市販薬の中にも禁止薬物が入っている場合が多く、うっかり飲んでしまえば、出場停止や資格停止処分を受ける恐れもあるからだ。

「絶対に風邪をひけないんです」

 それほど気をつけていると教えてくれる選手は少なくない。

 そんな日常を過ごす選手たちに、発熱などの重い副反応を起こす可能性のあるワクチン接種を受け入れる決断が、選手によっては「容易でない」ことも想像してほしい。もし副反応がひどければ、繊細に高めてきたコンディションが無になり、復調にどれだけの期間とエネルギーが必要になるか。

 ジョコビッチは、テニスの技量にとどまらず、2週間にも及ぶ長いトーナメントを闘い抜く精神力、体力、自己コントロールや節制する力も併せ持っている。尋常なレベルではなく、ジョコビッチならではの特別な理論と実践があってこそ、驚異的な成績を記録してきた。それらに対するリスペクトを忘れていないだろうか。少なくとも、オーストラリア政府は、ジョコビッチが入国し、誰もが安全で健康だと理解できる方法を事前にはっきり提示すべきだった。それをせずに一刀両断、国外追放したオーストラリア政府の責任は重い。

 今回の処分によって、ジョコビッチは今後3年間、オーストラリアに入国できない可能性があるという。そうなれば当然、全豪オープンには3年間出場できない。むしろ、オーストラリア政府こそ、世界のスポーツ界から3年程度の「参加停止」を宣告されても仕方ないのではないだろうか。

(作家・スポーツライター 小林信也)