アップルがメタバースと距離を置く三つの理由

 まず一つ目は、同社は、現状のメタバース体験に必要なVRゴーグルを用いたコミュニケーションを「閉じたもの」としてとらえ、現実にデジタル情報を付加、またはオーバーレイするARのほうが望ましいと位置付けていること。これは、自社製のVRゴーグル開発とは矛盾するように感じられるが、ARグラス向けのアプリケーション開発にもVRゴーグルは有効であり、また、コロナ禍によってリモート環境が予想以上の浸透を見せたことから、対応策の一つとしてVR系の製品開発も加速させた可能性もある。たとえば、ある場所に移動しなければテストできないARアプリがある場合、VRゴーグル上でのシミュレーションによってバグの有無を確認するようなことが想定される。ただし、現状のスマートフォンの利用状況に関しても依存を避ける方向に動いている同社ゆえ、ゲームやコミュニケーションのためのVRゴーグルの利用は短時間に限り、メタバースのように長時間入り浸る可能性を排除する方針に変わりはないと言えよう。

 二つ目は、同社のAR/VR製品の市場投入が早くても年内、あるいは来年にずれ込む可能性も高いことから、メタバースがそれ以前に普及することへの牽制の意味もありそうだ。というのは、メタバース内ではユーザーの動向がSNS以上に把握できる上、アバターによって架空の人格も作りやすくなる。プライバシーを重視し、個人情報の保護に力を入れるアップルとしては、現在のインターネットを巡る状況と同じく、自社以外の製品を介してメタバースへのアクセスが行われることへの懸念があって当然ではある。

 そして三つ目は、特に社内に対する配慮の側面が大きいが、メタバース前提でものを考えると、逆に発想が限られてしまうということも一因だろう。現実との結びつきを重視するAR関連のアプリやサービス開発では、VRとは異なるアイデアが求められる。そこで、安易にメタバースに結びつけることなく、自由な発想を促す上で、あえてメタバースをNGワードにしているのでは、というわけだ。