また、ブラウ氏は、国の豊かさの指標になるとほぼ世界共通で思われている「GDP」についても、その客観性を疑うべき理由を指摘する。
GDPは、第2次世界大戦前夜の米国で生まれた。大不況にあえぐ当時の米国の実態を知るために、米国政府は経済学者で統計学者のサイモン・クズネッツに「国全体の収入」の計算を依頼。しかし、クズネッツの家計と会社の収入を集計して数字を出すやり方に、米国政府は不満を持った。国の軍事支出が含まれていなかったからだ。
戦争に向かう当時の米国政府は、国民の救済よりも軍備にお金を使いたかった。そのために打ち出されたのが「国民総生産」、すなわち現在も使われるGDPの考え方だ。GDPは、国内で生産された全ての財とサービスの価値を合計したもので、その中には、軍事支出によって政府が生み出した価値も含まれることになった。
クズネッツは、軍事支出を含むGDPでは国民の豊かさは測れないとして反対したが、結局、政府に押し切られたという。GDPは、政治的な思惑から生まれたものであり、本当の豊かさを測る指標にはなっていないと、ブラウ氏は説く。
一般的に「正しいはず」と信じられている数字であっても、「こういう数字にしたい」という調査や分析に当たる者の主観や思惑が、無意識にしても含まれている可能性は考えた方がいいだろう。
数字を見たときの「感情」を自覚し
冷静に情報収集をする
どうすれば、主観の入った数字にだまされずに済むのだろうか。数字に限らないことではあるが、大事なのは、常に「前提を疑う」ことだ。「待てよ、そもそも○○ではないだろうか」と、一歩下がって疑問を呈してみる。
ブラウ氏は、「一歩下がる」ために「感情」を利用することを勧めている。数字を見たときに「自分は何を感じているか」と自問する習慣を付ける。
例えば、アルコール摂取の人体への影響について「1杯飲むごとに30分寿命が縮まる」という研究結果を報じた記事を読んだブラウ氏は、とても不快な感情を抱いたという。同氏は、友達と一緒にお酒を飲むことを楽しみにしていたからだ。
不快感を解消するためにブラウ氏は、この研究について調べ上げ、反証する医師によるツイートを見つけた。それによると、記事の研究は観察期間が短すぎるとともに、アルコール摂取と早死の間に相関関係があったとしても、因果関係は認められない。研究では、ビールを飲んだ人には死亡率の上昇があったが、ワインを飲んだ人はわずかだった事実を示し、低収入の人はビールを多く飲む傾向があることから、死亡率上昇の原因は低収入ではないかということだった。
ブラウ氏によると、このツイートも、単に研究に穴があることを指摘しているだけで、アルコールが健康に悪くないとは言っていない。なので、このツイートが安心して飲酒を続ける根拠にはならないのだが、重要なのは、このように、数字に何らかの感情を抱いたならば、うのみにせず、別の情報を調べることだ。
「驚いた」でも「うれしかった」でもいい。感情が動いたということは、それまでの自分の常識や知識、思い込みに揺さぶりがかけられたということだ。その揺さぶりをきっかけに「そもそも○○ではないだろうか」と考え、情報を集めてみる。
ただ、ここで気を付けたいのは、「フィルターバブル」にはまらないことだ。フィルターバブルとは、自分の好みや考え方に合った情報のみを都合よく取り入れることで視野狭窄に陥ることを指す。先のアルコール研究の例のように、不快感を解消したいからといって、それに都合のいい反証意見ばかりを探していると、一気にフィルターバブルに入ってしまう。だから、数字に対する感情を自覚したら、一度冷静になる必要がある。
本書では、「平均」が実態を表さないケースがあること(ビル・ゲイツが乗車したバスの乗客の平均年収は億万長者並みになる)、相関関係と因果関係の混同、グラフの描き方による印象操作など、数字にまつわるあらゆる「わな」が解説されている。参考にして、本当の意味で「数字に強い」ビジネスパーソンを目指してはいかがだろうか。
(情報工場チーフ・エディター 吉川清史)