ゲーム業界で
「一大M&A時代」が始まる

 いずれにしても、オンラインゲームが現時点で一番有力なメタバースになっています。そして、今回のマイクロソフトによる買収劇は、そのメタバースとしてのオンラインゲームの経営資産を一気に手に入れるという打ち手だったことになります。

 さて、そうだとしたら、「ひょっとすると日本のゲーム会社は、これから続々と数兆円単位で買収されていくんじゃないの?」と思われるかもしれません。

 確かに19日の株式市場でカプコンの株価が+4.6%、スクウェア・エニックスの株価が+3.7%も値上がりしたのは、この類推からではないかと思われます。しかし、この話はそう簡単ではないのです。

 日本人がメタバースとしてイメージするのはソニーのプレイステーション5上で展開される高画質なコンピューターグラフィックの世界ではないでしょうか。

 カプコンのモンスターハンターのように「仲間を募ってモンスターを狩りに出かける」、ないしはスクウェア・エニックスのファイナルファンタジーのように「パーティーで冒険を繰り広げる」というのはまさに仮想現実であり、もう一つの新しい人生体験と言えるかもしれません。

 しかし、問題はユーザー数であり、ハードウエアの普及台数です。ミリオンセラーとして知られるモンハン(モンスターハンター)の最新作の販売本数は世界で800万本を突破。ファイナルファンタジーは、シリーズによっては世界1000万本を超えています。それはそれですごいのですが、これらの日本製のゲームは「億ゲー」ではないのも事実です。

「億ゲー」とは月間のユーザー数が全世界で1億人を超えるオンラインゲームタイトルで、現時点で世界では10本のソフトが億ゲーを達成したとされています。

 そして、今回マイクロソフトが手に入れることになる「コール・オブ・デューティ」はその億ゲーの一角を占めている。ここが今回の8兆円買収の最大の根拠だと私は考えます。

 そして興味深いのは今回買収される側のアクティビジョン・ブリザード社のコティックCEOが「われわれの野望を実現するにはパートナーが必要だと気付いた」と言っているという事実です。

 億ゲーを達成し、一時的に世界最大級のメタバースを所有することになった会社のCEOが、ここから先はもっと巨大な企業と組まないとメタバースのトップにはなれないと考えているのです。

 今、ゲーム機のインフラとして最大なのは、任天堂スイッチでもソニーのPS5でもなく、スマートフォンです。そしてスマートフォンの世界ではアップルとグーグルの2大プラットフォームが流通を抑え、さらにはさまざまな規約でゲーム会社の行動やビジネスモデルアイデアに網をかけています。

 フェイスブックのザッカーバーグCEOですら、アップルとグーグルの度重なるルール変更に疲弊して、自社のビジネスモデルがプラットフォーム企業に依存していることに落胆したぐらいです。フェイスブックが社名変更で新しい会社名をメタ・プラットフォームズとしたのは、「メタバースの時代には今度こそプラットフォームの立場を手に入れる」という意気込みが込められているといいます。

 期せずしてアクティビジョン・ブリザードも同じ壁にぶち当たり、同じくその解決策を模索した。その解が、メタバースの時代にプラットフォームになりうる怪物企業としてのマイクロソフトの中に収まることだったわけです。

 今はスマホが有力なプラットフォームだとしても、将来的にVRゴーグル、ウェアラブルツールや大画面モニター、タブレット端末を統合するような新しいプラットフォームが登場するでしょう。そのOSに相当する部分がアンドロイドやiOSから新しい何かに変わるはず。そこを握りにいくためにアクティビジョン・ブリザードはマイクロソフトという船に乗ることを決断したのです。

 日本企業でいえば任天堂にはラブコールが殺到するでしょう。もし距離の近いグーグルと何らかの共同声明など出されれば、メタのザッカーバーグは頭をかかえてもだえ苦しむかもしれません。ないしはそれを超える買収にむけて突っ走ることでしょう。

 現在、メタバースをめぐっては100を超える新興ベンチャー企業がしのぎを削って市場開拓を進めています。メタバースの未来という視点でいえば、「これから先はGAFAとBATH、そしてマイクロソフトがそれら100社を奪い合う、一大M&A時代が始まった」、そう考えるべきです。そしてその時代の号砲となったのが今回のニュースだったというわけなのです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)