大塚家出身ではない私が
42歳で社長就任した3つの理由

 私は42歳で社長就任しました。

 大塚達也社長(現会長)から社長就任の話を聞かされたのは40歳の時で、当時の私は大阪支店長。取締役ですらありませんでした。

 当社は1970年に大塚グループが資本参加し、それ以降、歴代2人の社長は大塚家出身です。私は大塚家ではないし、42歳という年齢が注目されたのか、就任当時は「なぜ社長に選ばれたと思うか」とよく聞かれました。

 なぜ私なのかは、今もわかりません。ただ、このタイミングでプロパーの社長に若返りを図ったことについては、あくまで私の想像ですが、理由は3つあると思います。

 一つ目は、大塚ホールディングスが2010年に上場し、当社と親子上場となる中、大塚家出身ではなく当社のプロパー社長にしたかったこと。

 二つ目は、当社の取引先であるドラッグストアなどで合従連衡が進むなど、経営環境が変わる中、経営者の若返りを図りたかったこと。

 三つ目は、前社長が国内事業の基盤固めで一区切りつけたことでしょう。

 かつて虫ケア用品の国内シェアは、「金鳥」ブランドで知られる大日本除虫菊、フマキラーに次ぎ、当社は3位でしたが、シェアトップとなりましたし、2005年には株式上場も果たしました。