林鄭行政長官は続投するのか?

 ここでちょっぴり、筆者の予想を述べてみると、林鄭長官個人には続投の意思はないのではないか、という気がしている。徹底的に「お上に仕える」タイプの彼女は、2019年デモという事態を引き起こしたが、その後中央政府に従順に事を進めてきた。「香港国家安全維持法」も導入され、立法会からは民主派を追い出し、社会における民主派勢力もほぼ壊滅させた。そして、その矢面に立ち続け、一瞬もひるんだ様子を見せなかった。これは多分、彼女にとって最大の「ご奉公」だったはずだ。

 一方でイギリス国籍を持つ夫や成人した息子2人は、仕事も学業も中断してひっそりと暮らさざるを得なくなった。民主派弾圧による世界的な政治制裁を受けて銀行口座もクレジットカードも持てない生活(札束が家に積み重なっていると発言したこともある)を続けている。十分な働きをしたし、ここで辞めるのは彼女にとって悪い選択ではないはずだ。彼女はただひたすら「お上」に仕えているだけで、政治的センスはないし、その野望もそれほどないと考えている。

 中央政府にとって彼女の働きは悪いものではなかった。「聞き分けが良いのが長所だ」という声も、中国政府に近い関係者の中から流れてきている。矢面に立ち、恨み言を言わず、政府の行政権力を知り尽くし、かつそれを運用し尽くせる人物として、彼女は適任だったのではないか。翻って立候補を予定しているといわれる人物たちは、野望を強く持つことで知られる人物ばかりだ。陳馮・前WHO事務局長なら公務員出身で世界的な人脈もあるし、後釜にはぴったりの「人材」だが、行政手腕がいかなるものかは未知数である。そういう意味では林鄭月娥氏を手放せない、という思いが中央政府にあってもおかしくない。

 行政長官選挙の前哨戦が抑えられているのは、林鄭長官の辞意と中央政府の慰留がせめぎ合っているせいではないか。彼女が辞意を明らかにすれば、(投票権はないものの)香港市民は大喜びするだろう。そこで再び市民の政治への関心に火がつくかもしれない。それを考えると、中央政府が「社会が分裂すること」を恐れるのもわからんでもない。

 ……などと臆測をめぐらせたところで、結局のところ、筆者にも香港市民にもその動きを決める権利はない。決めるのは中国政府なのだから。