投資熱が高まる一方だ。NISA、投資信託、マンション投資、仮想通貨、NFT……書店には投資本がひしめいていて、「そろそろ投資を始めなきゃヤバいのでは」と思っている人も多いのではないだろうか。『お金のむこうに人がいる』は、元ゴールドマン・サックス金利トレーダーの田内学氏が、経済とお金にまつわる「謎」を解いていく本だ。本書の中に「預金」という言葉のトリックを暴くくだりがある。投資を検討する前に、「お金」の正体を知っておこう。(構成:編集部/今野良介)
「NISAとつみたてNISAの違いを教えて」
僕が長年トレーダーをしていたと知ると、ほとんどの人が「投資の話」を聞いてくる。
NISA口座は昨年、1000万口座を突破した。
今、日本は空前の投資ブームといっても過言ではない。書店にいくとお金の増やし方や投資に関する本がズラッと並んでいる。
NISA、投資信託、マンション投資、仮想通貨、NFTなどなど。まわりの人たちが投資を始めたという話を聞いて、重い腰を動かした人も多いようだ。
こんな話を聞いたことはないだろうか。
「日本人は金融リテラシーが低い。だからこんなに銀行預金を溜め込んでいる。銀行にお金を眠らせているのはもったいない。もっと投資にお金を回した方がいい」
もっともな意見のように聞こえる。これだけ投資熱が高まっていれば、さすがに預金は減っていそうだ。
ところが、だ。
預金は順調に増え続けている。日本の全体の預金量は毎年のように増え続け、1300兆円にのぼる。
これは、一体なぜなのだろうか?
預金を取り崩して投資をしているわけだから、投資をすればするほど預金は減りそうなものだ。
しかし、現実はそうではない。投資が活発になっても全体の預金量は減らない。むしろ、増えるのだ。
たとえば、僕が銀行口座から100万円の預金を引き出して株を購入したとする。このとき僕の銀行預金はたしかに減る。しかし、この100万円は消えてなくなるわけではなく、株を売ってくれた人の口座に移るのだ。つまり、全体の預金量は変わらない。
ある会社が資金調達のために株を発行して、その株を僕が購入する場合はどうだろう。これまた僕の預金は減るが、会社の預金は増える。さらにその会社が100万円を使って設備を購入しても、100万円は他の会社の口座に移動するだけで、全体の預金は減りはしない。
逆に、全体の預金残高が増える場合もある。たとえば、僕がローンを組んで不動産投資をする場合だ。このとき、僕は預金を取り崩すわけでないから、僕の預金は減らない。一方で、銀行から借りたお金を建設会社もしくは売主に支払う。ここで、彼らの預金が増えるのだ。つまり、社会全体の預金量は増えることになる。
投資が増えるほど、預金量が増えることはあっても、減ることはないのだ。
ところで、冒頭の「よくあるアドバイス」をもう一度思い出してみよう。
「日本人は金融リテラシーが低い。だからこんなに銀行預金を溜め込んでいる。銀行にお金を眠らせているのはもったいない。もっと投資にお金を回した方がいい」
これ、本当に「銀行にお金が眠っている」のだろうか?
1300兆円の札束の重さは、だいたい13万トンだ。これは奈良の大仏500体分の重さにあたる。銀行の金庫の中に奈良の大仏500体もの現金が鎮座しているのだろうか。
そんなことはない。銀行の中に眠っている現金は、たかだか10兆円だ。残りの1290兆円は銀行が運用している。個人や会社に貸したり、日本国債を買ったりしている。
銀行は「金庫にお金を眠らせているのはもったいない」なんて思っていない。
手数料を稼ぐために、投資にお金を回してほしいと思っているのだ。
お金は、増えない。
僕は、ゴールドマンサックスで長年トレーダーをやってきて、あるとき重大な事実に気づいた。
お金は増えない、ということだ。
そう言うと、「あなた、金利ってもんを知らないの?」とツッコまれる。
いや、もちろん知ってますよ。僕は金利をトレードしてきたのだから。
たしかに金利の分だけお金が増えているように感じる。しかし、この金利は空中から生み出されるわけではなく、必ずどこかからやってくる。預金の金利であれば、銀行が払ってくれている。
日本の預金量が増えることも、実はお金の貸し借りが増えているに過ぎない。
社会全体で考えると、お金は増えていないのだ。
お金について、僕たちが当然のように思っていることが、実は間違いだったりする。
投資より前に「お金」について知らないと、投資を誤ってしまうかもしれない。