マーケティングや広報を一切必要としない体質

 新しい農産物の販売で大切なことは「売れたという経験の積み重ねと、その結果得られる自信」なのだと大畑氏は言う。東京の市場でハナビラタケが売れることは、その価値が認められ、一般化されるということである。豊洲の近くには銀座があり、赤坂も遠くはない。自分たちが作ったハナビラタケが本場の料亭で使われている。その意味を大畑氏はきのこ課の人たちに熱く語った。

 今後売り上げを伸ばしていくためには、マーケティングや広報活動が必要になる。いずれも大井川電機の電球事業では一切必要とされていなかった活動である。大畑氏はハナビラタケのホームページを作ることを提案し、地元紙記者による取材をコーディネートした。

「機械に1億円を投資しても、マーケティングや広報のような形のないものには1円も使いたくない。それが伝統的なBtoBのものづくりのマインドです。それが徐々に変わってきたのは、新聞で紹介されて商品が売れたり、ホームページから注文が入ってきたりするようになってからでした」

 共に行動し、共にお金を生み出していく体験が信用につながる。大畑氏にはいろどりでの9年間の苦労によって培った経験的確信があった。加えて、大畑氏には地元出身という強みもあった。

「TRENTE-TROIS CAFE(トラント-トロワ カフェ)」というしゃれたカフェを島田市内で経営する原田真人氏は、大畑氏の中学校の同級生である。店の売りは、素材の味を生かしたハンバーガーだ。一般のハンバーガーはソースやケチャップにオリジナリティーが集約され、どうしても味は濃くなる傾向にある。原田氏がこだわるのは、バンズの甘味、塩とこしょうだけで味付けした国産牛肉、野菜のシャキシャキ感など、素材本来のおいしさを味わってもらうことである。

「ハナビラタケのことを知ったのは、和風のハンバーガーを作りたいと考えていたときでした。大畑からハナビラタケのことを聞いて、ぜひ使ってみたいと思いました。シャキシャキ感はレタスで出すことができるのですが、コリコリ感を出せる食材はそれまでありませんでした。ハナビラタケを使えば、新しい食感を持ったハンバーガーが作れる。そう思いました」

幻のキノコで現実のマーケットをつくり出せ!ハナビラタケによるコリコリの食感が新しいホホホタケバーガー

 高温の油で数秒揚げて水分を飛ばし、ごま油とさんしょうで味付けしたハナビラタケを挟んだ「ホホホタケバーガー」は、コロナ禍におけるテークアウト需要の高まりもあって、すぐに人気メニューとなった。「車で1時間くらいかけて買いに来てくださるお客さまもいます」と原田氏は言う。

「ホホホタケ」とは、大井川電機が自社のハナビラタケに付けた商品名だ。「食べた人を笑顔にするキノコ」という意味でホホホタケ。確かに、ハナビラタケの事業を巡って、社内外に笑顔が広がりつつあった。