優勢に見えるロシア
破滅への泥沼シナリオとは?

 ウクライナ情勢に話を戻しましょう。ロシアは、近隣諸国というほとんど未来永劫にわたって付き合わなければならない相手、言いかえれば「将来の影」が長く延びている相手に、「力による強制」をしてしまいました。2021年11月に国境地帯に兵力を集結させ、NATOへの加盟をやめるよう要求してから、ずっとです。さらに今、ゼレンスキー政権の転覆を目指して軍事行動を取っています。

 ウクライナ国民にとっては、自分たちの政権が力によって倒されそうだという「略奪感」と、今後も軍事行動が繰り返されるかもしれないという「将来の影」の恐怖の、両方を感じているはずです。将来にわたって自分たちの国が奪われたという恨みが、残るはずです。

 犯罪心理学の視点から、このように考えてみますと、ロシアは全面侵攻によってウクライナのNATO加盟阻止という短期的な利益は手に入れても、長期的には非常にコストの高い泥沼にはまり込んだ、といえると思います。

 もとより、ロシアに好意的でなかった人々はいっそうロシアを拒否し、武器を手に取って戦う人々も増えてくるでしょう。そうではなく、かつてはロシアに対してそれほど強い敵意を持っていなかった、なんとなれば親ロシアに近かった人まで、反ロシアの立場に近寄ってしまうでしょう。

 日本の1.6倍もの面積があり、4500万人ほどの人口を抱えるウクライナを、国民の支持なしに力だけで統治するのは、ほぼ不可能です。かいらい政権の樹立に成功したところで、ロシアの支援なしにはすぐに崩壊するでしょうから、ロシアは相当長期にわたって支援のためのコストを払い続けなければなりません。アメリカが、イラクでもアフガニスタンでも、戦後構築のコストに耐えきれなかったのを、思い起こしてください。アメリカでもコストに耐えられないのに、ずっと経済的に脆弱なロシアが耐えられるでしょうか。

 さらに、もしかすると、一部のウクライナ国民は反ロシア・レジスタンスを組織して抵抗を続けるかもしれません。そうなると、アフガニスタンでかつてアメリカが行ったように、NATOはレジスタンスに武器や資金を提供する可能性が高い。ウクライナは、ポーランド、スロバキア、ハンガリーと長い国境を接していますから、武器支援もそれほど困難ではありません。すると、ロシアは軍事面でも、高いコストを負うことになります。

 このように考えますと、おそらく、かなり長期にわたってロシアは、泥沼化したウクライナに付き合わなければならなくなると思います。見捨てたら、これまでよりずっと反ロシア的なウクライナが現れるでしょうから、軍事介入する前より悪い結果になります。どうしても、泥沼にはまり込まざるを得ない。ロシアは、多大な軍事的・経済的コストを払い続けることになります。つまり、ウクライナへの全面侵攻は、ロシアにとって「破滅の始まり」なのかもしれません。

まつまる としひこ
警視庁に23年在籍。在南アフリカ日本大使館に領事として3年間勤務。南アフリカ全9州の警察本部長と個別に面会して日本大使館と現地警察との連絡体制を確立し、2010年南アフリカW杯サッカー大会における邦人援護計画を作成。警視庁復帰後は主に防諜対策(カウンターインテリジェンス)及び在京大使館のセキュリティアドバイザーを担当した。