NATO軍との長期的総力戦に耐えられないロシア

 ここで、ロシアの「実力」を考察する。確かに、ロシアのウクライナへの軍事侵攻は電撃的であった。綿密な作戦を練り上げて、周到な準備をしてきたのがわかる。

 しかし、ロシアには東欧やバルト3国に戦線拡大する実力はない。NATOは集団安全保障体制だ。加盟国が攻撃されれば、それは全加盟国に対する攻撃とみなされる。全加盟国は、個別的または集団的自衛権を行使して、攻撃を受けた国を援護することになっている。つまり、ロシアが東欧やバルト3国を攻撃すれば、NATO全加盟国と戦争になる。

 ロシア軍が精強で、奇襲や局地戦には強いことは明らかだ。だが、NATO軍との全面的な総力戦に長期的に耐えられるものではない。プーチン大統領は、それを百も承知だ。核兵器使用の可能性を繰り返し強調するのは、裏返せば核兵器をちらつかすしかないからだ。

 ロシアが長期的な総力戦に耐えるのに必要な条件である「経済力」を考えてみたい。まずは、ロシアと欧州をつなぐ天然ガスパイプラインについてである。

 ロシアなど天然ガス供給国は、EUなど需要国に対して圧倒的交渉力を持つとされている。ロシアの資源量が圧倒的なのに対し、EUはエネルギー資源に乏しい。EUはロシアの強引な天然ガスを利用した外交攻勢や価格引き上げ攻勢に悩まされる。だから、EUは対ロ経済制裁に慎重にならざるを得ないというものだ。

 だが、現実の天然ガスの長距離パイプラインのビジネスでは、供給国と需要国の間で、一方的な立場の有利、不利は存在しない。物理的に取引相手を変えられないからだ。

 一方、天然ガスは石油・石炭・原子力・新エネルギーでいつでも代替可能なものだ。供給国が人為的に価格を引き上げたりすると、たちまちに需要不振になる。なによりも、供給カットなどを行うと、供給国は国際社会での信頼を一挙に失ってしまうのだ。

 だから、ロシアなど供給国が、需要国に対して価格引き上げや供給カットで外交攻勢をかけることは事実上不可能だ。現実の天然ガスビジネスでは、供給国と需要国の交渉力は、ほぼ対等の関係にあるのだ(第52回・p3)。

 実際、2014年のウクライナ危機の際、ロシアは欧州の経済制裁に対する報復となるパイプラインの供給カットは一切行わなかった(第84回・p3)。ロシアは、ソ連時代から欧州にとって、最も信頼できるガス供給者であり、天然ガスを国際政治の交渉手段として使ってきた事実はほとんどないのだ。

 現在、ドイツとロシアをつなぐ2本目の天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」が昨年9月に完成しながら、EUの承認が遅れていまだに稼働していない。EUは、天然ガスがロシアに武器として利用されないよう、あらゆる手段を尽くすと表明している。

 EUはロシアの出方を警戒してはいるが、着実に手を打っていて、米国などから天然ガスを調達しようとしている。パイプラインでなく、LNG(液化天然ガス)として輸送するのでコスト高ではあるが、それを我慢すれば、他から調達可能なのだ。