1989年に出版された長編ノンフィクション『古老の罪悪』(謝致紅、賈魯生著)は、女性の人身売買問題を取り上げ、中国で大きな話題を呼んだ。

 本書には、80年代の中国農村部で行われた人身売買の様子が生々しく記述されている。「山東省と河南省の境界線にある市場にいた7人の若い女性は、タンクトップとパンツだけ身に着け、体の多くは露出され、顔は恐怖に満ちている。彼女らの背中には名前と値段が書かれていて、2000〜3000元(約3万6000〜5万4000円)で売られている」――。その内容は衝撃的だ。本書には、今回の「鎖の女性」事件が起こった徐州市管轄下の六つの県だけで、1986〜88年のわずか3年間で、人身売買され連れて来られた女性の人数が4万8000人を超えたと書かれている。

 大規模な人身売買が行われた背景には、社会の深刻な格差と、一人っ子政策により生じた男女の人口比のひずみがある。最新の人口調査では、結婚適齢期の男性が女性に比べて約1750万人も多い。

 貧困地域の独身の男性がさらなる貧困地区の女性を買う。売買された女性が最低限の人権もなく、「性奴(性処理用の奴隷)」や子孫を残すための「生育機械」としてしか扱われない。中国にかつて浸透していた「男尊女卑」の考え方のもとで、娘を売って、息子に嫁を迎えるというケースも少なくなかったのだ。

巨大な民意を前に
政府が動いた

「鎖の女性」事件を受けて、中国の一人の小学校5年生の発言が、SNS上で広く拡散され、称賛を浴びた。

 彼は父親からされた「もし一つの村が女性の人身売買をしないと、村の存続ができないとしたらどうする?」という質問に対し、「そんな村は消失したほうがいい。なぜなら、野蛮が文明を上回ってはいけない。だって、もしある日、村人が子どもを食べて長生きしようとしたらどうなるの?」と言ったのだ。

 巨大な民意を前に、ようやく政府も動き出した。中国公安省が、3月から12月に女性や児童の誘拐事件を集中的に摘発する方針を決めたというニュースが流れたのだ。また、先日開催された中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)では、誘拐や人身売買を厳しく取り締まる方針が示された。最高人民法院(最高裁判所に相当する)の院長も、女性や子どもに対する残虐行為について死刑が相当とされる場合は死刑判決を下していると改めて強調した。世論が国を動かすことが一般的ではない中国において、国民の執念ともいえる、事件を追及する姿勢がもたらした空前絶後の大変化である。

 この事件を機に、国に女性と児童の売買という犯罪を根本的に撲滅してもらいたい、人権問題の解決に取り組んでほしいと国民は強く願っている。ネットの普及が追い風となり、少しずつではあるが中国国内の世論が力を持ち始めている。この一件はその変化を表す象徴的な出来事であり、この一歩の意義は大きい。