「どうぞ、やってごらんなさい、と。これ以上ないスローガンを掲げたのだから、ああしろこうしろとは言わない。昨年の優勝はあらゆることが早稲田になびいた奇跡だった、だからもっと気を引き締めて練習しなければ。部員全員にそう思ってほしい」

 大黒柱の早川隆久が抜けた。それでも危機感が希薄なのも事実だった。その投手陣がいい。1年生時から鎬(しのぎ)を削ってきた徳山壮磨と西垣雅矢の二枚看板がチームを引っ張る。さらに3年生以下にも伸び盛りのピッチャーがひしめいている。

 打線もいい。昨年から念を入れている「初球を積極的に狙う」、「崩されながらも食らいつく」打撃姿勢の開花が期待できる。部員たちの視野には、当たり前のように連覇が入ってくるのだろう。

 小宮山には部員の調子や成長が手に取るように分かる。例えば、あるレギュラー部員の打撃が振るわない点を聞くと、「今が一番つらい時期。必死でもがいている。ここを抜けると、必ず飛躍する」と間髪を入れずに返ってくる。どの部員たちについても同様に即答である。

 その目配りを小宮山は「泳がせている」と表現する。彼らがグラウンドで溺れないように見守っているのだった。

 泳がせていると、いろいろなことが起こる。

「気持ちよく打つことだけが打撃練習じゃない」と齋藤慎太郎コーチが指導するマシン練習。あえて打ちにくい球、外角低めぎりぎりの際どい球筋などを設定し、打者はフォームを崩しながらバットを振る。試合で出てくるのはそんな場面ばかり。実戦的でいい練習だと小宮山も目を細めていた。

 バッターボックスに2軍の4年生が入ったときだった。しばらく打ちあぐねた後、その4年生はマシン調整担当の後輩にこう言った。「球筋、ちょっと上げて」。

「思わず苦笑しましたよ。バッティングセンターじゃないんだから。練習の意図をまるで理解していない」

 全身の力が抜けてしまうこともあった。定期的に全部員が行う体力測定でのことだ。スピードガンの計測で、スタメン候補の強打の内野手がボールを握って思い切り腕を振った。それで右肘の靭帯部分断裂を起こしてしまった。

「なんでそうなるのか。あきれて物が言えない。こっちは(監督就任から)3年目だけど、部員たちは進歩していない」

 そこはじっと我慢。就任以来の「我慢、我慢」の口癖は変わらないのだった。