常磐線三河島駅二重衝突事故の現場1962年5月3日に発生した常磐線三河島駅三重衝突事故の現場 Photo:JIJI

今から60年前の1962年5月3日、常磐線三河島駅構内で貨物列車が脱線し、そこに旅客列車が多重衝突する「三河島事故」が発生した。この事故の教訓として整備され、今も鉄道の安全を支える2つのシステムとは。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)

国鉄の信頼を失墜させた
三河島事故はなぜ起きたか

 60年前の5月3日、常磐線三河島駅構内で貨物列車と旅客列車がからむ三重衝突事故「三河島事故」が発生した。1970年代に「地下鉄漫才」で一世を風靡した春日三球が、デビュー時に組んでいたコンビ「クリトモ一休・三休」の一休こと内堀銀司は、この事故に巻き込まれて亡くなっている。

 1951年に京浜東北線桜木町駅構内で発生した車両火災事故「桜木町事故」、1962年の三河島事故、翌1963年に東海道本線鶴見駅付近で発生した「鶴見事故」の、いわゆる「国鉄三大事故」(鉄道連絡船「洞爺丸」「紫雲丸」の沈没事故を含めて五大事故ともいう)は、国鉄の信頼を失墜させた。

 三河島事故の次第は次の通りだ。