というのも、ウクライナが当初、「ロシアが領土の一部を占領する」ことを容認する停戦案を考えていたのは前述の通りだ。にもかかわらず、米英などによる支援の結果、その意見を変容させた。ロシア軍による住民虐殺の影響も大きいが、今では「ロシア軍を完全にウクライナ領から追い出す」と言い始めている。

 ウクライナは徹底抗戦しているだけではなく、「戦争の勝利」を目標にするように変わってきているのだ。これは、米英の軍事支援がいかに強力かを示している。

 重要なことは、米英はウクライナを軍事支援しているが、ロシアと直接戦っているわけではないという事実だ。米英は自ら手を汚さず、自国の若者を犠牲にすることなく、ウクライナをロシアと戦わせ続けているのだ。

ウクライナ紛争が長引いても
米英が「得をする」2つの理由

 米英は、なぜ紛争解決に積極的ではないのか。その要因は、経済面・政治面の大きく二つある。

 経済については、欧州諸国がロシア産石油・ガスを禁輸すると、制裁を加える側にも大きなダメージをもたらす。一方で、米英のダメージは相対的に小さい。米英はロシアから石油・ガスのパイプラインを敷いておらず、ロシアからの輸入に依存していないからだ。

 また、かつて「セブン・シスターズ」と呼ばれた、シェル、BP、エクソンモービルなどの英米系「石油メジャー」が、世界中の石油・天然ガスの利権を確保していることも重要だ。

 英米系石油メジャーは、「サハリン1・2」などロシア国内の油田・ガス田の利権から撤退を始めている。だが、世界中に利権を持つメジャーには、ロシア利権は微々たるもので経営に悪影響はほぼない。中国系やインド系にそれを売却すれば、巨額の売却益を得られる。

 何より重要なのは、米英系石油メジャーが単にロシアから石油を購入していただけではなく、ロシアに石油掘削、精製などの生産技術を提供してきたことだ。こうした企業が撤退すれば、ロシアは技術を失い、石油・天然ガスを輸出できないだけでなく、生産そのものが停滞する。油田は次々と閉鎖に追い込まれることになる(第103回)。

 語弊はあるが、あえて言えば、米英にとっては、ウクライナ紛争は経済的な好機でもある(第303回・p3)。1960年代後半以降に、ロシアと欧州の間に天然ガスのパイプライン網が敷かれるようになる前は、欧州の石油・ガス市場は米英の牙城であった。ロシア産石油・天然ガスの禁輸措置は、米英にとって欧州の石油ガス市場を取り戻す千載一遇の好機となるのかもしれない。

 政治的に見ても、米英にとってウクライナ紛争の長期化・泥沼化にデメリットはない。

 ロシアは、ウクライナへの軍事侵攻という「力による一方的な現状変更」を行った。これは、G7のような大国以上に、大国からの介入を常に恐れる多くの中堅国・小国にとって、絶対に容認できないことだった。これにより、ロシアは国際的に完全に孤立した(第298回・p3)。

 紛争が長引けば長引くほど、プーチン大統領は追い込まれる。軍事行動が失敗だったと多くの国民が気づけば、大統領の失脚、暗殺、政権転覆、クーデターの動きが出てくるかもしれない(第299回)。

 要するに、米英にとってウクライナ紛争とは、20年以上にわたって強大な権力を集中し、難攻不落の権力者と思われたプーチン大統領を弱体化させ、あわよくば打倒できるかもしれない「千載一遇の好機」なのではないか。

 このように、経済的・政治的な利点があるからこそ、米英は積極的に紛争を止める必要がないといえる。