カタチのないものをデザインする

 中身を読んでみましょう。構成は大きく2部に分かれていて、第I部では「なぜ経営にデザイン思考が必要なのか」というWHYの部分が、第II部では「デザイン思考を用いてどのようにイノベーションプロセスを回せばいいのか」というHOWの部分が具体例と共に語られています。

 難解な専門用語はほとんど使われておらず、実例が多数挙げられた、とても読みやすい本でした。装丁もカッコいいし、言葉も分かりやすい。デザインを語る本だけあって、素晴らしいUI(ユーザーインターフェース)です。

 ひと口にデザインと言っても、「モノの形や色を整える」だけでなく、もっと広義の「仕組み作り」あるいは「概念づくり」を指すこともある――。このあたりは私もなんとなく理解していましたが、本書ではこれがより明快に解説されています。

 ここで引かれているのが、セオドア・レビットの「プロダクト・インタンジブル」という概念です。レビットは、私たちが一般的に「商品とサービス」と呼ぶ概念を「タンジブル(触れることができるもの)とインタンジブル(触れることができないもの)」という観点から捉え直し、現代のプロダクトの多くは、両方の要素が入り組んで成り立っていることを解説しています(ちなみにマーケティングの世界でレビットは、「顧客は1/4インチのドリルが欲しいわけではない。1/4インチの穴が欲しいのだ」という名言で有名です)。

 今、マーケティング関連の書籍では、付加価値や体験価値こそが重要だ、と繰り返し説かれます。まさに「インタンジブル」が重要な時代なのです。製品として手で触れられるもの、目に見えるもののデザインは、職業的デザイナーに委ねる部分が大きくなるでしょう。一方、インタンジブルなデザインはどうあるべきでしょうか。実はインタンジブルとタンジブルは切っても切り離せないものだから、極めて戦略的に、総合的に磨き上げなくてはならない。それが著者・奥出直人氏の提言です。

 だからこそ、21世紀のものづくりには、組織としてのデザイン戦略が欠かせないのです。