失った損失と
失ったことに気づいてすらいない損失

福谷氏

 もちろんです。その中には、ソフトランディングのためのヒントがあります。なぜなら、ビジネスの世界と教育の世界の間に、もっとつながりが必要であるからです。

 ビジネスと教育、いずれも「人」に関わることです。子や孫がいるビジネスパーソンも多い。私たちが社会を再構築し、結びつきを強くするためには、私たちが本来持っている「子どもたちのウェルビーイング」に対する責任感を、再び呼び覚ます必要があります。ほかに、現在の危機を回避する、確実で迅速な方法を私は知りません。

センゲ氏

 私たちが子どもに対して責任を感じるのは、文化や習慣の問題ではなく、生物学的な傾向です。火事が起これば、人は子どもを助けようとしますよね。それがたとえ自分の子でなくても、です。人は自然に、子どものことを気遣ったり、子どもの訴えを聞いてやったり、子どもに対する責任を感じたりするものです。共和党の議員であれ、民主党の議員であれ、子や孫がいますし、子どもたちとの関わりは必ずあります。

 大人と子どもの関係は、大人同士の関係とはまったく違うものです。私たちが本来持っている、このような「子どもたちを守る」という生物としての責任感を培い、育てていくことができれば、そのことが社会のさまざまな断片をつなぎ直すために、もっとも有効な手段となるでしょう。子どもは、私たちが「人間らしさ」を取り戻すための、一種のてこになるのです。

 私たちが本来持っている、「子どもたちのウェルビーイング」に対する深い責任感を育むためにも、社会を再構築し、結びつきを強くするためにも、この本は多くのビジネスパーソンに読んでもらいたいですね。

――大人が子どもの教育に関心を持つのは、生物学的なことでもあるということですね。

 その通りです。デミング博士(※前回参照)が、失ってしまい、しかも失ったことに気づいてすらいない状態を、「losses unknown & unknowable」(未知の損失と不可知の損失)と表現しています。 

 その重要なもののひとつが、まさに子どもたちとの関係です。

社会を再構築するために必要な
「つながり」と「責任感」

 人間社会はもともと部族社会で、長い歴史の中で、大人も子どもも一緒に村で暮らしていました。そこでは年長者は長老として敬われていましたが、今では街の中にただの老人がいるだけです。子ども、大人、年長者、それぞれの関係は希薄になりました。

 こうした「つながり」の喪失は、デミング博士の言う「失ったことに気づいてすらいない損失」です。

 社会を再構築するためには、年長者や子ども、地域の人がみんな一緒にいて、「つながっている」と再認識する必要があります。自分が暮らしている地域の単位からで構わないのです。それさえできれば、人間が本来持っている、生物学的なつながりと生物としての責任感を再び呼び覚ますきっかけになるはずです。