グローバルに活躍する人たちが痛感するのが「常識の違い」。海外に滞在してみると、日本の常識がまったく通用せずに、戸惑うことは日常茶飯事です。今回は『ビジネスエリートの必須教養 「世界の民族」超入門』の著者で、世界96カ国を訪れた経験を持つ元外交官の山中俊之さんに「自身が体験した海外でのハプニング」を聞いてみた。テロや爆破事件から、地震に対する対応など、やはり日本の常識とはまったく違う出来事に世界では遭遇する。一歩間違えば、自分も爆破テロの犠牲者になっていたかもしれない生々しい話から、ブエノスアイレスで感動したタンゴの話題まで、バラエティに飛んだ話を聞かせてくれた。(取材・構成/イイダテツヤ、撮影/疋田千里)
世界で遭遇したインパクトのある体験
――山中さんは外交官時代やその後も含めて海外経験が長く、たくさんのハプニングにも遭遇していると思います。そのなかでも印象的なものをいくつか教えていただけますか。
山中俊之(以下、山中) 最初にすぐに思い浮かぶのは、エジプトでのテロですね。私は直接被害に遭ったわけではないのですが、普段からよく行くカフェが爆破されたときには本当に驚きました。
私がカイロで下宿していたとき、エジプト人の友人とよく行くカフェがあったんです。カイロの中心地にタリハールという広場があって、そこに面しているわりと大きなカフェです。
ある日、新聞を見たら、そこが爆破されたという記事が載っていました。日時がちょっと違っていたら、私もその場にいたかもしれない。そのくらい身近なところで爆破事件が起こったことに衝撃を受けました。
――日本にいると「爆破事件などまず起こらない」という感覚があるのですが、エジプトでは違うのですか。
山中 もちろん、頻繁に起こるわけではありませんが、日本よりは確実に多いです。私がいた時期はテロが増えてきていた頃で、家を出るのが怖いくらいのときもありました。2年ほど滞在していたのですが、最後の半年くらいはずっとそんな感じでした。
エジプトに限らず海外へ行くと、テロなどの爆破事件は決して対岸の火事でないことを痛感させられます。エジプトでは車の運転をしていなかったのですが、その後に滞在したサウジアラビアでは運転をしていて、車のドアを開ける瞬間はいつも怖いんですよ。
「爆弾がしかけられているかも」という恐怖
――ドアを開ける瞬間が怖いとはどういうことですか。
山中 車に爆弾がしかけられるテロはけっこう多いんです。車の下に爆弾がしかけられて、ドアを開けた瞬間に爆発するようにセットされているんです。なので当時は、車に乗る前に必ず車体の下をチェックして、針金などのしかけがされていないか確認してから乗っていました。問題なくエンジンをかけられたときはホッとしてましたね。
――それはすごい生活ですね。
山中 そこまで警戒しなければいけないのは一部の話ですが、やはり日本と同じようにはいきません。
――そのほか印象に残っている出来事、ハプニングはありますか。
山中 これもまた同じような経験になってしまうのですが、サウジアラビアにいた頃、米軍基地が爆破されたのも印象に残っています。90年代の話で、当時米軍基地はビン・ラディンのターゲットでしたからテロが頻発していました。
これだけ聞くと「日本人なんだから米軍とは関係ないでしょ」と思う人もいるかもしれませんが、米軍が狙われるということは、アメリカ人が住んでいるところも当然狙われるということで、そういったところにはたいてい私のような日本人も多く生活しているわけです。
カイロのカフェが爆破されたのは、いわゆる「外国人狙い」ではなく、エジプト人も多くいる地域でしたが、サウジアラビアで体験したのは「外国人が多くいる場所」をターゲットにしたテロ。その意味での恐怖はありました。
どこかのショップへ行っても、レストランへ行っても、たいていは外国人が多く訪れるような場所なので、常に恐怖というか緊張感がありました。
「日本の常識」が通用しない世界
――海外でのハプニングというと、やはりテロや爆破事件など、日本との治安の差を感じるものが多いんですね。
山中 たしかにそうですね。ただ、違う意味で「日本の常識が通用しない」と感じたのは、カイロで地震が起こったときですね。
私が滞在しているとき、カイロで地震が発生したんですよ。といっても、体感で震度4ぐらい。たしかにすごく揺れたんですが、日本人の感覚では「けっこう揺れたな」というくらいの、そこまで非日常の感じがする地震ではありません。
でも、カイロはそんなに地震が起こらないところですから、ものすごく混乱するんです。地震が起こった瞬間、私はカイロ・アメリカン大学というところで研修を受けていたんですが、まず先生がめちゃくちゃ混乱してしまって「みんな、とにかく逃げるんだ!」と言って大騒ぎ。
日本だったら、ミーティングをしていても「揺れてますね」くらいで、揺れが収まったらそのまま再開する感じですが、周囲もたいへんな騒ぎでした。私が研修を受けていたのがビルのけっこう上の方だったこともあって、階段もめちゃくちゃ混雑していて大混乱。
下に降りてみたら、さすがにビルが倒壊しているようなことはなかったんですが、そもそものつくりも脆いので、壁とか、塀が倒れているところはいくつもありましたね。
こういうところにも「日本の常識とはずいぶん違うものだ」と感じました。
世界の芸術・文化を理解するために必要なもの
――「地震に対する反応の差」というのは、なかなか興味深いです。実際に体験した人ならではのエピソードですね。今度は、ハプニングとは反対に「ここは行ってみて、すごくよかった」と感じるような国や都市はありますか。
山中 その質問もときどき聞かれるのですが、個人的にすごくよかったのはイスラエルです。
世界の一神教発祥の地ですし、芸術文化も極めて盛んです。イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団は世界的に素晴らしいオケですし、ユダヤ人関係の芸術作品が揃った美術館も本当に素晴らしいです。
歴史、宗教の重みは言うまでもありませんが、芸術の重みも考えるとイスラエルはすごくいいですね。気候も悪くないですし、自然もありますから。
それと、純粋に楽しかったという意味ではアルゼンチンのブエノスアイレスもよかったです。ブエノスアイレスで本場のタンゴを見たのですが、その印象は鮮烈に残っています。
私はクラシックのコンサートにもよく行きますが、ブラジルのボサノバなども含めて、その地域の本場の音楽、特に民族に根ざした音楽を聴きに行くのも好きです。その地で、生演奏で聴くのはほかには代えがたい体験です。
――やっぱり、現地で聴くのは全然違うものですか。
山中 それはもう、まったく違いますね。タンゴにしても、ボサノバにしても、一流のアーティストたちが日本に来たときに、演奏を聴いたり、踊りを観たりすることはできますが、現地で体験するのとはまったく違います。
やっぱり、ブエノスアイレスの街を見て、その感覚のままタンゴを観に行くのは違いますね。終わった後、街に出てもブエノスアイレスですから。ショーの司会も当然スペイン語ですし、街に出て、聞こえてくるのもスペイン語ですから、そういう点も全部含めると、ものすごく体験の違いがあるんです。
そういう意味でも、やはり現地の芸術に触れるのは特別な意味があるのだと思います。
そして、文化的なものや芸術作品のなかでも歴史のあるものは特に、民族的な背景を知っていることで、より深く理解することや楽しむことができます。
「民族」を学ぶことを、人生をより豊かにする、楽しむための手段だと認識できれば、学ぶ意欲が高まってくるのではないでしょうか。
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第1回【元外交官が語る】「日本のニュース」が「世界標準の報道」からズレる理由
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山中俊之(やまなか・としゆき)
著述家。芸術文化観光専門職大学教授。神戸情報大学院大学教授。株式会社グローバルダイナミクス取締役。1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当する。エジプトでは、カイロのイスラム教徒の家庭に2年間下宿し、現地の生活を実際に体験。首相通訳(アラビア語)や国連総会を経験。外務省を退職し、2000年、株式会社日本総合研究所入社。2009年、稲盛和夫氏よりイナモリフェローに選出され、アメリカ・CSIS(戦略国際問題研究所)にてグローバルリーダーシップの研鑽を積む。2010年、グローバルダイナミクスを設立。研修やコンサルティングを通じて、激変する国際情勢を読み解きながらリーダーシップを発揮できる経営者・リーダーの育成に従事。2011年、大阪市特別顧問に就任し、橋下徹市長の改革を支援。カードゲーム「2030SDGs」の公認ファシリテーターとしてSDGsの普及にも努める。2022年現在、世界96カ国を訪問し、先端企業から貧民街、農村、博物館・美術館を徹底視察。コウノトリで有名な兵庫県豊岡市にある芸術文化観光専門職大学の教員としてグローバル教育に加え自然や芸術を生かした地域創生にも注力。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA、大阪大学大学院国際公共政策博士。テレビ朝日系列「ビートたけしのTVタックル」、朝日放送テレビ「キャスト」他に出演。著書に、『世界94カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養 世界5大宗教入門』(ダイヤモンド社)などがある。