驚きの大惨事
酸素は生命を維持するものと考える人は多いだろう。実際にそのとおりなんだが、酸素は、生命に絶対欠くことができないDNAなどのポリマーを含む、他の化学物質を傷つけることもある。酸素は、非常に化学反応性の高い気体なのだ。
微生物たちは、いったん光合成する能力を進化させると、何千年もかけて増殖し、大気中の酸素の量が急上昇するほどまでになった。その後、二〇億年から二四億年前に起きた出来事は「酸素の大惨事」と呼ばれている。そのころ、生き物といえばすべて微生物で、細菌か古細菌のどちらかだったが、そのほとんどが酸素の出現によって全滅してしまったと考える研究者もいる。
生命を作り出した条件が、生命をほぼまるまる終焉させたとは、なんと皮肉なことだろう。生き残った少数の生命体は、酸素に曝されにくい場所、おそらくは海底や地下深部などに退いたか、新しい化学的性質に適応して、酸化された世界でうまくやるために必要な進化を遂げたかのどちらかだったろう。
現在、人間は、未だに酸素を注意して扱っているが、ほぼ完全に酸素に依存している。身体が食べたり、作ったり、吸収したりした、糖、脂肪、タンパク質からエネルギーを得るために酸素が不可欠だからだ。エネルギーは「細胞呼吸」と呼ばれる化学プロセスによってもたらされる。この一連の反応の最終段階は、あらゆる真核生物の細胞にとってきわめて重要な細胞小器官の区画、ミトコンドリア内で起こる。
ミトコンドリアの主な役割は、生命の化学反応に細胞が必要とするエネルギーを生み出すことだ。だから、エネルギーがたくさん必要な細胞にミトコンドリアがたくさんある。あなたの心臓を鼓動させ続けるためには、心臓の筋肉の一つひとつの細胞に何千ものミトコンドリアが必要だ。
全部合わせると、心臓の細胞の体積のおよそ四〇パーセントを占める。厳密に化学的な観点から言うと、細胞呼吸は、光合成の中核となる反応を反転させている。糖と酸素が反応して水と二酸化炭素を作り、たくさんのエネルギーを放出し、そのエネルギーは後で使用するために取っておかれる。
(本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)
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