ウクライナ国内には小麦などの穀物が大量に滞留したままになっている。ウクライナ南部の港湾から黒海を経由する穀物輸出は、ウクライナにとっても経済の生命線と言っていいものである。現在はウクライナ産穀物が止まってしまったことでアフリカなど途上国を中心に食料危機が起こり始めている。

 ロシアからすれば、食料危機に陥ったほうが西側に戦争中止を求める圧力になり、自国に有利な戦略として活用できるので、ロシアが合意にどこまで本気なのかは不透明だ。

 ロシアはもともと潤沢なエネルギー輸出によって世界情勢に影響を与えるエネルギー覇権戦略をとってきた。さらにそれを後押しする一因として、ロシアに匹敵するエネルギー生産力を持つアメリカがバイデン政権からシェール開発に後向きになるなど、欧米で再エネシフトが起こっていることがある。

 たとえば、風力発電が全電力使用量の4分の1を占めるイギリスでは、風力量不足に陥ると電力不足が起こる。その場合は、天然ガスの輸入を増やすなどの緊急措置をとることでこれまではしのいできた。このように再エネシフトがさらに進むと、その調整用のエネルギーとしてCO2が比較的少ない天然ガスがさらに重要になり、それがロシアの重要性を高めるというジレンマに陥っている。

 ロシアはウクライナがNATO加盟に積極的になったことで、ドイツをウクライナに肩入れさせないためにエネルギーを利用して、無言の圧力をかけ続けた。その顕著な事例が、冬の天然ガス高騰だった。プーチン大統領は国営企業に意図的に天然ガスの在庫を下げさせて、ドイツに圧力をかけていたのである。「ノルドストリーム2」が予定通りに稼働していれば、ドイツはロシアに完全に対抗できなかったかもしれない。

 西側が厳しい経済制裁を科しているので、ロシアはそれに対抗する措置として天然ガスをフル活用しているのだが、エネルギーで圧力をかけるというロシアの基本戦略は戦争前からほとんど変わっていない点に注意が必要だ。

 それに対して、西側の対ロ戦略は、自国にかかる痛みを我慢して、厳しい経済制裁を科し続けて、経済面で戦争の続行を難しくしようというものである。実際、ロシア経済は着実に制裁にむしばまれており、西側の多くの専門家が、時間が経過するごとに西側有利になるとみている。それは、ロシアの多くの産業が、西側の産業、特に先端技術に依存しているからでもある。