経済制裁を強化しても
戦争は止められない

 ウクライナから小麦が輸出されず、ロシアの天然ガスが制限されれば、そのあおりを最も受けるのはヨーロッパ各国の貧困層であり、アフリカなどの途上国である。実際、アフリカや中東を取材しているメディアの報道では、「食料を買うために父親が内臓を売った」とか「口減らしのために子どもが売られた」などの凄惨(せいさん)な話も出始めている。

 もちろんロシア経済はすでに不況レベルまで落ち込んでいる。西側の経済制裁によって重要技術や半導体などの先端部品が入らなくなり製品が作れなくなって、経済自体のダメージは西側よりロシアのほうがはるかに大きいのは間違いない。

 だが、プーチン大統領の支持率は独立系調査期間の調査でも8割前後を維持している。「経済制裁を強めれば、ロシア経済が崩壊して戦争が終わる」といった西側の思い描くシナリオが実現することは、今のところ考えにくい。

 また、私自身はロシア経済の落ち込みは、西側が考えているほどひどくはないとみている。というのは、ロシアのエネルギーの買い手は中国やインドをはじめアフリカや東南アジアや中東などいくらでもあるからだ。また、ロシア産原油といっても、一度、同盟国に輸出してそこから別の国に輸出するなど、回避方法がとられて輸出が続いているという見方もある。

 さらに、ロシアがエネルギー戦略で対抗している以上、西側が経済制裁を科すほどにエネルギー価格は上がり、それだけロシア側は輸入額を増やすことができる。そうなると、もはや誰を制裁しているのかわからない状態にもなりかねない。

 ロシアは戦争前に外貨準備を潤沢に用意して、なおかつ外貨準備におけるドルの割合を減らして金などを増やすことで金融制裁に備えており、対外債務もかなり減らしていた。さらには、中国とは「無限の友情」を取り付けて、経済制裁や金融制裁のダメージを減じるバッファーとして活用している。

 また、ヨーロッパへの天然ガス供給は完全になくなったわけではなく、現在も続いている。そうなると、価格が上がっている以上、ヨーロッパからの収入が単純に落ち込んでいるわけではない。

 今後ロシアへの経済制裁はさらに強化されることになるだろうが、それによって戦争の終結が早まることは期待できなくなっている。また、経済制裁で困るのは、ロシアだけではなく、世界中の貧困層も同様であることを決して忘れるべきではない。

 極論を言えば、戦争は為政者が勝手に始めたことであり、外交の失敗、要するに愚行だ。日本はまず日本の国益を守ることを考えて、次にウクライナを守るために何をすればいいかを考えるべきだ。この戦争は簡単には終わらない。結論を早めようとしていたずらに制裁をエスカレートさせても、結局、貧困層をさらに痛めつけるだけである。

(評論家・翻訳家 白川 司)