「経営の神様」と呼ばれた稲盛和夫氏の死去に際し、その功績を称える声が日本中から届いている。稲盛氏にインタビューし続けた編集者として筆者も、伝えたいことが山ほどある。今回は、稲盛氏が著書などで遺した言葉はなぜ道徳の教科書のようなのか、その理由に迫りたい。立派すぎる数々の名言に気後れしてしまう人がいるかもしれないが、それは稲盛氏の本意ではないのだ。(イトモス研究所所長 小倉健一)
「稲盛和夫本」の中身が
立派すぎる名言で溢れる本当の理由
少し大きな書店へ行くと「稲盛和夫」コーナーがあって、ぎっしりと著作が並んでいることに圧倒されることだろう。著名な書籍のタイトルを並べると、『生き方』『働き方』『考え方』『稲盛和夫の実学―経営と会計』『心。』『京セラフィロソフィ』などであろうか。
その一冊を手に取って、ペラペラとページをめくってみる。「まじめに一生懸命仕事に打ち込む」「常に謙虚であらねばならない」「利他の心を持つ」など、道徳の教科書かと思うような文言が並んでいる。
「心を高める、などと言われてもビジネスの現場で何の役に立つんだ」「こういうの日本人は好きなんだろうな」などと、かつての私は心の内で悪態をついていた。それは経済誌「プレジデント」の編集部に配属されて、稲盛和夫氏の担当を(前任者が退職したので)任され、稲盛氏のインタビューを直前に控えた私が、しぶしぶ読んだ稲盛本の率直な感想だった。
担当になってからは稲盛氏を年に1度ぐらいインタビューするようになった。経営破綻した日本航空(JAL)の再建を稲盛氏が担うようになってからは、稲盛氏だけでなく、稲盛氏と接した人たちにも取材をするようになった。
稲盛氏を敬愛し、稲盛氏が主宰する経営塾「盛和塾」に通う人、稲盛氏に直接指導されたことを誇りに考える京セラやJALの社員はたくさんいる。そういう人からすれば、「心を高めよ?はあ?」などと考えている人物が稲盛氏を取材していたことなどは相当に失礼な話かもしれないのだが、実際のところ、それが当時の私が抱いていた本音の一つだった。