瀧澤氏は「ビジネスホテルが付加価値を高めるようになったのは、『増加→競合→差別化』という背景がある」と語る。

「日本では昭和30年代後半から40年頃にかけて観光ブームがあり、その多くは団体旅行でした。そのため、大人数の宿泊に適した大型観光ホテル、旅館が大繁盛しました。しかし、徐々に時代は団体旅行から個人旅行にシフト。大型ホテルの需要が減ると、駅からのアクセスも良く、個人の宿泊にちょうどいいビジネスホテルの需要が高まります。それまで主に出張族のための簡素なホテルだったビジネスホテルですが、徐々に旅行ニーズへの対応も求められるようになったのです」

ビジネスホテルの供給過多で
差別化競争が激化

 また、このようなビジネスホテル需要の高まりは、事業者にとってもおいしい話だったようで、よりホテルの増加を加速させたという。

「運営側からするとビジネスホテルは収益性が高いと言われています。シティホテルは、例えばレストランや宴会場があり、お客さんが来ても来なくても人件費や食費などのコストがかかります。しかし、ビジネスホテルは宿泊に特化した施設なので、効率のいい運営ができます。また、ホテルの建設期間もシティホテルと比べて短く、部屋の規格なども同じなので造りやすい。ビジネスホテルは少人数の従業員で回せるので人件費も圧縮できます」

 この結果、ビジネスホテルは増加の一途をたどり、東横イン、アパホテル、ルートインなどに代表されるような、チェーン化も進んだ。さらに、近年ホテル建設に拍車をかけたのがインバウンド需要の増加だ。

「2015~17年にインバウンドが激増したことは、ビジネスホテル事業の追い風となりました。当時はホテル不足と言われていましたから、スピーディーに開業できるビジネスホテルは最適だったのです」

 インバウンド特需を享受しようとホテルチェーンを中心として、また異業種からの新規参入などもあり、続々と建設ラッシュが進んだ。しかし、2018年には「部屋が余り始めた」(瀧澤氏)そうで、徐々に雲行きが怪しくなっていく。

「インバウンド活況で高値となっていたビジネスホテルの料金ですが、私の肌感覚としては2018年の夏頃には下がり始めていました。ホテルのトレンドが顕著に表れるのは京都なのですが、同年の紅葉シーズンには京都のホテルで空きが見られました。紅葉の京都といえば、年間で最も需要が高まる時期ですが、予約が取れたことに驚いたことを覚えています。私は、この頃には早くもホテルが供給過剰になっていたと分析し、メディアから情報発信もしました」

 ホテル事業者も商売ゆえ、空いた部屋にはなんとしてもお客さんを呼ばなければならない。当然付加価値を高め、他社と差別化することがビジネスホテルにとって喫緊の課題となっていった。

「最も手軽にできるのは朝食を豪華にすることです。ビジネスホテルだと朝食プランの有無などであらかじめ朝食を食べる人数がわかり、食材費の計算が立つので、準備もしやすい。一般的な朝食ビュッフェは、お客さん1人当たりの単価が300円~500円と言われますが、力を入れているホテルでは1000円を超えます。正直、そのような朝食でもうけはありません」

 ただ、瀧澤氏いわく「朝食で人気を博しているビジネスホテルは、朝食でもうけようとしない傾向がある」という。

「長い目で見た場合に、いい朝食など付加価値を高めると、いいお客さんが来るので、結果としてホテルの客室の平均単価が上がっていくという取材データの分析を持っています。短期的には損をしているかもしれませんが、長い目で見ればリピーターも獲得し、ブランド価値も高めています。このように朝食に力を入れたホテルはコロナ禍でも、お客さんが来てくれていますね」

 採算度外視の朝食には、長期的に大きなメリットがあるのだ。