「てんとう虫の実験」と意外なテスト結果
それは、視覚や聴覚に訴える教材を追求しすぎてはいけないということです。
グラフィックスが充実している。動画がついてくる。だからいい教材だ。理解しやすい。残念ながら、そういうわけではないのです。
たとえば、次の研究が示唆に富んでいます。[6]
大学生に、てんとう虫の変態について教えます。
卵から、幼虫に、サナギになって、成虫になっていきますね。
一方の生徒のグループには、色が鮮やかでディテールがしっかりしたグラフィックスを、もう一方には、白黒の模式図を使って教えます。
その後、生徒たちは昆虫の変態についてテストを受けます。
テストの結果、どちらのグループも正しくてんとう虫の変態を理解していました。
しかし、他の昆虫の変態についての「応用」問題では、鮮やかなグラフィックスを使った生徒たちよりも、模式図を使った生徒たちのほうが成績が良かったのです。
この結果は次のように解釈できます。
てんとう虫グラフィックスの色や細かいデザインなど、不必要なディテールにワーキングメモリーが割かれてしまい、肝心の「変態」のコンセプトに関する内容に集中できなくなってしまう。そのため、学習後のテストで他の昆虫に変態のコンセプトを当てはめ、応用することができなかった。
「そそのかし詳細」にはご注意!
このように、興味を引くが目的の概念を学ぶのに必要がないディテールは、「seductive detail(セダクティブ・ディテール)」と呼ばれ研究が重ねられてきました。
「seductive」は「誘惑的な」という意味で、「そそのかし詳細」と訳してもいいかもしれません。
図解の色やディテールだけでなく、テキスト中のイラストや、文章中の興味深いが学びに関係のないディテールも「そそのかし詳細」といえます。
個々のトピック(「てんとう虫の変態」など)の学びでなく、学んだコンセプト(「変態」)の応用を妨げることが多くの論文で確認されてきました。[7]
「そそのかし詳細」は今後研究が進んでいくべき新トピックですが、すでに私たちの学習習慣に警鐘を鳴らしています。
リアルなグラフィックスや写真や動画などを、難しい題材を理解するための助けに使うのはごく自然な学習習慣。
しかし、そうした当たり前の学習習慣も自分の学びを妨げかねない。
だから親御さんがお子さんの教材を選ぶときにも注意が必要です。
グラフィックスや写真が充実しているものを買ってあげたいのは自然な親心。
しかし、それがあれば必ずしも学習効果が高いとはいえないのです。
子どもの興味や深度に合わせて慎重に選んでいくのが必要ですね。
(本稿は『スタンフォード式生き抜く力』の著者・星友啓氏による特別寄稿です)
―――
『スタンフォード式生き抜く力』は、自分でも気づかなかった心の傷を癒す方法や、困難を乗り越えるためのノウハウがつまっています。ぜひチェックしてみてください
【参考先】
*1 What are the differences between long-term, short-term, and working memory? Nelson Cowan, Progress in Brain Research Volume 169, 2008, Pages 323-338.
*2 Miller, G.(1956). The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information. The psychological review, 63, 81-97.
*3 Cowan N. The Magical Mystery Four: How is Working Memory Capacity Limited, and Why? Curr Dir Psychol Sci. 2010 Feb 1;19(1):51-57. doi: 10.1177/0963721409359277. PMID: 20445769; PMCID: PMC2864034.
*4 Ronald T. Kellogg, “Competition for Working Memory among Writing Processes” The American Journal of Psychology 114(2):175-91
*5 Lewis-Peacock, Jarrod A. and K. Norman. “Competition between items in working memory leads to forgetting.” Nature Communications 5(2014): n. pag.
*6 David Menendez Karl S. Rosengren Martha W. Alibali, “Do details bug you? Effects of perceptual richness in learning about biological change”Applied Cognitive Psychology, 34(5):1101-17
*7 “A review of research and a meta-analysis of the seductive detail effect” Günter Daniel Rey