ダイソン氏の意外な前身事業
掃除機ではなく「手押し車」

ダイソン創業者が、前身事業「手押し車」から掃除機の開発をひらめいた訳インベンション 僕は未来を創意する』 (ジェームズ・ダイソン 著、川上 純子 訳、日本経済新聞出版、税込2420円)

 ダイソンと聞けば、たいていの人は、細身だけれどパワフルで、それでいて優美なデザインのサイクロン掃除機を思い起こすだろう。今ではたくさんのメーカーが生産するサイクロン掃除機は、1980年代初頭にダイソン氏が発明したものだ。それまでの一般家庭で使われる掃除機は、紙パック式が主流だった。

 とはいえ、ダイソン氏は最初から「新しい掃除機」を開発しようとして起業したわけではない。先ほどのプロフィール紹介では割愛したが、最初に立ち上げた企業では「ボールバロー」という、庭仕事や建設現場で使う「手押し車」の製造販売を手掛けていた。車輪ではなくボールで動く、ユニークなデザインが特徴の手押し車だ。

 その会社の工場では、手押し車を塗装する際に、塗料の粉末によって装置の布フィルターが目詰まりする問題が起きていた。それを解決するのに導入した、ゴミと空気を遠心力によって分離する「サイクロン式分離機」との出合いがダイソン氏の運命を変えることになる。

 同じ頃、ダイソン氏は家庭用に新しい紙パック式掃除機を購入した。「世界一パワフル」という触れ込みだったが、その新製品は、しばらく使ううちに吸引力がなくなっていった。

 ちょうど、ゴミをためる紙パックが満杯になっていたので、そのせいで吸引力が落ちたのではないかとダイソン氏は考えた。

 だが、替えの紙パックが手元になかったので、古くなった紙パックの中にたまったゴミを捨てて再び装着しても、吸引力は低いままだった。仕方なく新品の紙パックを買ってきて付けると、吸引力が戻った。

「どういうことだろうか」と頭をひねったダイソン氏は、あることに気づいた。紙パックの細かな穴にゴミが入って目詰まりすることが、掃除機の吸引力を下げているのだと。

 また、その掃除機は、ある程度使うと「ゴミがいっぱいです」というサインが表示される仕組みだった。

 その際、紙パックの中にたまったゴミの量を計測しているわけではなく、「ゴミによってパックが目詰まりする」ことでサインが出ているのだとダイソン氏は理解した。

 つまり、ユーザーが吸引力を保つには、永遠に紙パックを追加購入し続けなくてはならないということだ。それに気づいたダイソン氏は怒りを覚えたが、ふと、工場で塗料の目詰まりをなくすために使っていたサイクロン式分離機を思い出した。

 それを小型化し、紙パックの代わりにしたらどうだろう、という発想を得たダイソン氏は、自ら開発に乗り出すことになる。その後の成功は周知の通りだ。