マックス・ヴェーバーの
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

 カルヴァンの予定説を、ずっと昔に初めて知ったとき、僕は思いました。

 生まれたときから天国行きか地獄行きか、それが定まっているのであれば、気ままに遊んで暮らしても問題ないじゃないか、と。

 ところがカルヴァンを信じる人たちは、逆なのです。

 自分たちは選ばれて天国に行く者であるから、与えられた天職(すなわち自分の職業)を禁欲的に務めるのだ、と信じ込んだのです。

 さらにカルヴァンは、選ばれた者と自覚して一所懸命に働いた結果として得られる蓄財は神の財産である、とも教えていました。

 こうしてカルヴァンの予定説は、商業や工業に携わる人々の間に信者を拡大していきます。

 また、きちんと聖書を読み、学習を厭わない知識階級の人々に、カルヴァン派が多くなっていきました。

 社会学者のマックス・ヴェーバーはこのようなカルヴァン派の人々の生き方と業績が、資本主義の原型を生み出し発達させたと考え、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(大塚久雄訳、岩波文庫)を著しています。

 カルヴァン派はフランスではユグノー、イングランドではピューリタン(清教徒)と呼ばれました。

 1620年にメイフラワー号に乗って北アメリカに渡った102名のピルグリム・ファーザーズ(巡礼者たち)もピューリタンでした。

 カルヴァンがスイスに亡命した後、ジュネーブの市民は彼を強く支持しました。

 そこでカルヴァンは、1541年から20年以上にわたり、ジュネーブを舞台に神権政治を展開しました。

 市民に神に選ばれた者としての自覚を促し、清く正しく生き、勤勉に働くことを求めたのです。

 ルターとカルヴァンの宗教改革を比較すると、ローマ教会の全盛時代に「聖書に戻れ」と主張したルターは偉大なリーダーでした。

 しかし、資本主義の勃興を支えた新興階級の思想を培ったカルヴァンの功績もルターに優るとも劣らぬものだった、と思います。

 宗教改革にとって2人の功績は五分と五分であったと考えます。

 むしろこのような2人が時を接するように登場してきたことに、歴史の不思議なダイナミズムを感じます。

『哲学と宗教全史』では、哲学者、宗教家が熱く生きた3000年を、出没年付きカラー人物相関図・系図で紹介しました。

 僕は系図が大好きなので、「対立」「友人」などの人間関係マップも盛り込んだ全3000年史を、1冊に凝縮してみました。

(本原稿は、15万部突破のベストセラー、出口治明著『哲学と宗教全史』からの抜粋です)