これは、単にNATOの勢力圏が東方拡大したという以上に、ロシアの安全保障体制に深刻な影響を与えた。地上において、NATO加盟国とロシアの間の国境が、従来の約1200キロメートルから約2500キロメートルまで2倍以上に延長され、ロシアの領域警備の軍事的な負担は相当に重くなった。

 海上でも、ロシア海軍の展開において極めて重要な「不凍港」があるバルト海に接する国が、ほぼすべてNATO加盟国になった。NATOの海軍がバルト海に展開すれば、ロシア海軍は活動の自由を厳しく制限されてしまうことになる(第310回・p3)。

 そして、9月30日、ウクライナはNATO加盟を正式に申請した。当初は和平交渉の条件として「NATO非加盟」を提案したとみられるウクライナだが、ロシアによるウクライナ東部・南部4州の一方的な併合を受けて翻意した形だ。

 これにより、NATOによるロシア包囲網の事実上の完成という、ロシアにとっての最悪の事態となったといえる。

ロシアによる大規模ミサイル攻撃は
NATOの結束を再び強めた

 さらに、冒頭で述べたロシアによるウクライナ全土への大規模ミサイル攻撃は、苦境にあるロシアを経済的にさらに追い込むことになった。「対ロシア」への温度感にズレが生じ、不協和音が生じかけていたNATOを、再び結束させてしまったのだ。

 ロシアのウクライナ軍事侵攻が始まって以降、ロシアからの石油・ガスパイプラインに依存していない米英を中心に、欧米諸国は一枚岩となってロシアに経済制裁を科してきたように思える(第303回)。

 だが実は、かつてはNATO加盟国の間で、経済制裁を巡って不協和音が生じる懸念があったのだ。その要因を順に説明していこう。

 経済制裁を受けたロシアが欧州へのエネルギー供給を大幅に削減した際、今冬に深刻な天然ガス不足が起こる可能性が生じたため、欧州諸国に動揺が走った。

 当時の欧州諸国は、今冬のエネルギー不安を回避する目的で、ロシアがウクライナの領土を占領した状態のまま、停戦の実現に動く可能性があった。

 一方の米英は、前述の通りロシアからの輸入に依存していない。戦争が長引くほどにプーチン政権を追い込めるメリットもあり、欧州諸国ほど停戦を急いでおらず、欧米諸国の間で温度差が生じていた(第304回)。

 しかし、ロシアのウクライナ全土へのミサイル攻撃は、欧米を再び一枚岩にさせた。今後はさらに強力な経済制裁が発動されるだろう。

 欧州が痛みを伴いながら米英の支援で石油・ガスの「脱ロシア」を達成すれば、ロシアは石油・ガスの大きな市場を失うことになる。