私は、やる気の根源にあるのは「自己有用感」だと考えています。

自己有用感とは、自分の存在が周囲に影響を与えていると信じられる感覚のことです。

たとえば、自分がいてもいなくても変わらない場所で1年間過ごすと想像してみてください。発言しても反応がない、意見を求められるわけでもない、そんな状況で自己有用感は育ちません。自分の存在が無力だと感じていれば「やる気」など出ないわけです。

この例をそのまま子どもの日常に当てはめてみれば、学校や塾の教室だけでなく、家庭内の環境が大いに自己有用感に影響することは想像できると思います。

「自己有用感」と似たもう少し一般的な言葉は「自己肯定感」でしょう。メディアや保護者とのやりとりの中でもこの言葉を日常的に聞くようになりました。

なぜそこまで自己肯定感への関心が高まっているかというと、2004年に長崎県で起きた小学生による殺傷事件が一つのきっかけだと言われています。中央教育審議会で事件の根底に加害児童の「自己肯定感の低さ」があったと議論され、その後のさまざまな国際調査で日本の子どもの自己肯定感が極端に低いことが指摘されるようになりました。その流れのなかで、教育改革2020のゴールの一つとして「子どもの自己肯定感を高めること」が盛り込まれました。

では、自己肯定感にはどのような環境や経験が影響するのか、調査を元に見てみましょう。

『子供の頃の体験がはぐくむ力とその成果に関する調査研究』(国立青少年教育振興機構・2018年)によれば、20代~60代の男女5000人を対象とした調査で、「子どもの頃、家庭の教育的・経済的条件に恵まれなかった人でも、親や近所の人から褒められた経験が多かった人や、家族でスポーツしたり自然の中で遊んだこと、友だちと外遊びをしたことが多かった人は自己肯定感が高い」という傾向が現れました。

つまり「大人からの評価」と「外遊びやスポーツの経験」が自己肯定感に影響しているということです。『子どもが「学びたくなる」育て方』という本で「自然からの学びを座学より先に置くことの大切さ」を述べましたが、自己肯定感を高めるにあたっても、自然を感じる経験が大切だとわかります。

そして、注目したいのは、やはり子どもの自己肯定感は「大人からの評価」に大きく影響を受けるということです。

対話のコツとしてお伝えした「否定しない」「合理化しない」「応答する」の3つは、そのまま「自己有用感」を育む要素と言えます。

私は、生徒のアクションに対してどう応答するかがライブ授業の核ととらえています。

「お、いまの話、リアクションが大きかったね」「その意見、なかなかいい視点だね!」「さっきノートみたけどおもしろいこと書いてたね。僕はこう思うよ」など、一人ひとりの小さなアクションを見逃さずにキャッチするイメージです。命令形や、一方的な主張ではいけません。無反応や、てきとうにごまかすことも良くありません。

一度子どものアクションを受け入れたうえで、意見を言う。

一方的ではない対話ができること、応答が返ってくることで、子どもは自己有用感を得ることができるのです。(了)

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO
一児の父。親の強い希望で中学受験をしたものの学校の価値観と合わず不登校になり、学歴主義の教育に強い疑問を抱えて育つ。1995年、阪神・淡路大震災の翌日に死者数で賭け事をしている同級生を見てショックを受け、教育者の道を歩み始める。大手予備校で中学受験の講師として10年以上勤め、2014年「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。教師と生徒が対話する授業、詰め込まない・追い込まない学びにこだわり、「探究型学習」の先駆者として2万人を超える生徒を直接指導してきた。
受験を通して「学ぶ楽しさ」を発見することを目指して、子どもが主体的に学ぶ姿勢をとことんサポート。ライブパフォーマンスのように即興で流れを編集するユニークな授業は生徒だけでなく親も魅了する。多くの受験生を志望校進学に導き、保護者からの信頼も厚い。新しい教育を実践しようとする教師・学校からの相談も殺到し、多数の教育現場で出張授業、研修、監修顧問、アドバイザーなどを兼務。生徒たちに偏差値や学歴にとらわれない世界の見方を伝えるため、自身の学歴を非公開としている。
「子どもと社会をつなぐことのできる教育者」を理想として幅広く活動。住まいづくりや旅づくりの研究と監修、シンガーソングライター、カメラマンなどアートの領域から、ロンドンパラリンピック、ソチパラリンピックにジャーナリストとして公式派遣されるなど、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究。独自の活動スタイルについて編集工学の提唱者・松岡正剛氏より「アルスコンビネーター」の称号を受ける。「Yahoo!ニュース」個人オーサー・公式コメンテーター。LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター。キャリアコンサルティング技能士(2級)。Learnnet Edge『自由への教養』探究ナビゲーター・カリキュラムマネージャー。常翔学園中学校・高等学校 STEAM特任講師。聖学院中学校・高等学校 学習プログラムデザイナー。文部科学省「マイスター・ハイスクール」伴走支援事業スーパーバイザー。2022年10月、初の単著『子どもが「学びたくなる」育て方』を上梓。