困窮者が抱えている問題は、単純ではないことが多い。何らかの原因があって困窮しているのであれば、その原因に働きかける必要がある。家庭に虐待者がいる被虐待者に対しては、虐待者に虐待をやめさせるか、その環境から引き離すかの対応をしなくてはならない。不況による失業に関しては、まず、景気回復と就業機会の提供が必要である。健康を害していれば、健康を回復する必要がある。もちろん、経済的に困窮した状況が続いているのであれば、経済的負担の軽減または経済的支援が必要である。生活保護は、このような多様な回復プロセスを支える一部・支援メニューの1つとして位置づけることが可能ではある。

 しかし、この図から、「相談に行く」以外に、困窮者本人の自発的行動を読み取ることはできるだろうか? 「本人がそもそも有しているはずの意欲・能力・主体性などを発揮できるように環境を整備する」という態度は浮かび上がってくるだろうか? どうも筆者には、「困っている人に対して、本人の意志はどうあれ、寄ってたかって余計なお世話をする」あるいは「困っている人を『いいように』する」というイメージに見えてしかたがない。そして、報告書全文を通して、「いや、そんなことはないかも」という印象も受けないのである。少なくとも筆者は、自分が困窮した時に、この枠組みのお世話にはなりたくない。たとえば報告書の5ページには、

「一人一人の尊厳と主体性を重んじた」
 「人々の内面から沸き起こる意欲や幸福追求に向けた想い(中略)に寄り添って」

 とあるのだが、報告書の提案内容から「尊厳と主体性を重んじた」印象や、「意欲や幸福追求」を最大限に汲み取る意図は見受けられない。たとえば、この報告書が力点をおいて必要性を提示する「中間的就労」という名の低賃金労働を「尊厳」「幸福追求」と結びつけることには、どこか無理が感じられる。

ほぼ予定調和の展開に
特別部会・最終回の委員たちの発言

特別部会最終回なので、多数のマスメディア関係者が取材に訪れていた。頭撮りの準備をするTV局のカメラクルー

 では、特別部会の最終回は、どのように進められたであろうか?

 まず、報告書案が概ね了承された。前回の特別部会で、報告書案に対して委員たちの求めた変更は、概ね反映されたからである。

 それでも、若干は修正意見があった。意見の中心は、「実行主体は誰なのか」「関係者間での情報共有はどうするのか」といったことであった。これらの意見も、報告書に概ね盛り込まれた。

 しかし、全く反映されなかった意見もある。藤田孝典 (NPO法人ほっとプラス)氏の意見だ。