性別、年齢、国籍など関係なく
仕事の内容で報酬が決まる

有沢 ジョブ型人事制度を導入すれば、物事がすべて解決するわけではありません。

 当社の場合、人事制度の改訂のポイントとして、年功型から職務型等級制度への移行(Pay for Job)を盛り込みました。当社にはかつて、年功序列で入社から16年たたないと課長になれない、48歳にならないと部長になれないといった不思議な不文律があったのです。これらをすべてやめて職務型にしました。ある一つの仕事に対する報酬を決めておき、性別、年齢、国籍などに関係なく、誰がその仕事に携わっても報酬を同じにしたのです。

 業績連動評価(Pay for Performance)も取り入れました。行き過ぎた成果主義にならないように配慮する必要はありますが、基本的には評価と業績を連動させて本人たちが分かるように公開するというものです。それがKPI評価シートでの定量化で、上司が変わっても評価に差異が出ないようにする人為性の排除です。

 メリハリを付けた明確な処遇の実現(Pay for Differentiation)も大切です。私が入社した当時、SABCDという5段階評価があり、1850人の社員中、Bが85%、Aが14%でSは2人、Cが7人で、Dは120年の会社の歴史の中で1人も出たことがありませんでした。そんなものは評価とはいえないと感じ、すべて変えました。

 今は2-6-2の正規分布にほぼ近い形になりましたが、それは処遇を明確にしたからです。全社員、全管理職のポジションごとのミッション・アカウンタビリティを明確にし、それによって社員の納得感とモチベーションを上げる。あとは「適所適材」ですね。

 ジョブ型人事制度というと難しく捉えられがちですが、簡単に言えば、職務の大きさを決めるということです。ただし、担当職にはジョブ型を適用しません。担当職はいろいろな仕事を振られて職務の幅が広がっていく一方で、ジョブ型にしてしまうと「この仕事しかしてはいけない」と思いがちになり、若手の成長の芽を摘むことになると考えたからです。

職務評価指標 職務評価指標 (C)KAGOME
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 ジョブグレードについては、グローバルの全管理職のポジション名が日本語と英語ですべて公開されています。例えば、自分の目標がジョブグレードの1つ上に行きたいという場合、どこにどんなポジションがあるのか一目瞭然で分かるようになっており、それが社員のキャリア自律を促すことにつながります。

 他にも、役員の固定報酬、変動報酬の比率を変えて、社内報で社長の年収を公開しました。今まで社長は月額でこれだけもらっていましたが、これからはこんなに減ります。変動報酬は業績が安定すればこれだけもらえますといったことまで、すべて社内報に載せました。するとたくさんの社員から「有沢さん、いいんですか、こんなことをして」と言われたのです。当然でしょう。それだけではなく「カゴメは変わりましたね」とも言われました。この瞬間、私は「勝ったな」と思いました。

 こうした取り組みの目的は、エンゲージメントの向上です。エンゲージメントというのは、コロナ時代における最重要経営戦略で、強い会社を作るための経営戦略そのものです。

 新しい価値創造をするためにはさまざまな人々がいるダイバーシティが大事で、異なる価値観を持つ人々が異なる考え方をぶつけ合うことで健全なコンフリクトが起きます。そうしなければイノベーションは生まれません。そのためのエンゲージメントをソフト(相互理解、尊重の土壌作り)とハード(制度、仕組みの整備)の両面で整備してきました。

 人事制度改革とは結局、自分の価値観に応じた多様な働き方ができ、本当の意味で自分のキャリアを自分で決められ、会社と個人が対等でフェアな関係になることです。

 キャリア自律とエンゲージメントの向上のために「HRBP」を置きました。当社では「HRBP」のことを「人材育成担当」と呼んでいます。簡単に言えば、従来のHRBPとは、部門人事の代表者ということが多かったのですが、当社のHRBPは部門利益の代表者ではなく、個人のキャリアサポートをメインの業務としています。すなわち当社のHRBPは個人の自律的成長を促進する、いわゆる経営戦略と事業戦略と人事戦略の3つを結びつけるクロスポイントに位置しています。

 設置当初はベテランの工場長経験者、4カ店の支店長を歴任した営業のプロ、ジョブグレードが1番高い営業政策部長の3人を抜擢しました。現在は2期目で新たな人材育成担当、すなわちHRBPを任命しています。

 当社には、社長、専務2人、私(常務)からなる人材開発委員会という最高意思決定機関があり、その下にいる人事部長とHRBPの3人が同格です。

 この3人のHRBPに共通しているのは、人事経験がないということです。それよりも現場の痛みが分かり、現場とのコミュニケーション能力に優れた人たちが、必ずしも人事のプロである必要がないというのが私の感覚です。そういう人たちを引き抜き、現場でコーチング、サポートができるようにしました。

 個人が自らのキャリアを方向づける相談をHRBPとする際、私はHRBPに対して「『こうしなさい』とは絶対に言うな」と伝えています。上司が評価と指導を行い、HRBPはキャリアのコーチングとサポートを行う。そこは明確に役割を分けています。

カゴメにおけるHRBPの役割カゴメにおけるHRBPの役割 (C)KAGOME

 ここまでインフラを作り、社長候補、執行役員候補、部長候補を決めて2年ほどかけて養成中です。やはり人材育成の根本は将来の社長を作ることだと考えたとき、自分のキャリアの目標を次々見つけてもらう。それをサポートするのがサクセッション・マネジメントの考えで、それを支えるのがHRBPです。

 管理職にならないと上にいけないというわけではなく、マネジメントをしなくてもいいということでスペシャリスト(専門職)制度も作りました。例えば世界で約6500種類あるトマトの種子のうち、当社は約5000種類を保有しています。これを交配したりして、より生産性が高いものを栽培できるようにする「ブリーダー」と呼ばれるスペシャリストが全世界に80人ほどいます。

 その中で「マネジメントをしたい」という人はほとんどいません。しかし当社にとっては極めて必要かつ重要な人材ですから、そういう人たちは、本人たちの希望を聞いたうえで基本的にスペシャリストとして処遇します。彼らはジョブグレードから外れた時価、いわゆるマーケットバリューの金額で給料が決まりますから、たいていは給料が上がりました。

 このように、さまざまなキャリアの道があってもいいのではないか。新たな事業戦略を展開しようとする際、そこに当てはまる人材がいなければ展開できません。だから人事が人的資本経営を目指して一番エッジを効かせて、最もいいと思える形でのエンゲージメントの向上に取り組んでいます。