筆者が実行した
情報収集と選択
筆者が実行したのは、データの根拠がある最新で標準的な情報を取ることと、筆者がよく知っている医師ないし、その医師の紹介してくれた医師からの情報に情報源を絞ることだった(放射線科医、内科医、遺伝子研究者など合計5名の方の意見を聞いた)。
後述のような理由もあったが、がんにかかったことは、仕事で深い関係のある相手と、身内および身内のように親しいごくわずかの知人にしか知らせないことにして、対外的にはしばらく隠しておくことにした。筆者は、政治家のように自分の病気を秘密にする必要のある職業ではないのだが、少なくとも治療方針が固まるまで、情報の出入りをしばらく遮断することにした。
治療方針を検討する上で標準的な情報として参照することにしたのは、「食道癌診療ガイドライン」と「食道癌取扱い規約」だ(いずれも日本食道学会編、金原出版)。両書はちょうど22年が改定の年に当たっていて、ガイドラインについては、ネットに掲載されていた検討用のドラフトを参照した。治療方針について、検討委員の合意率と共に「強く推奨する」「弱く推奨する」「現時点では推奨度を決定することができない」などと書かれていて、根拠となるデータを掲載した参考論文・文献が記載されている。治療方針を考えつつ、生存率のグラフを見て覚悟を決めた。
病院の選択は、がんを見つけてくれた近所の胃腸病院の医師から「紹介状を書きますが、どこの大学病院にしますか?」と問われて、その場の思いつきで答えたのだが、「たまたま」適切な選択だった。食道がん治療の症例が多く、経験豊富な執刀医がいることを後から知った。この選択は純粋に幸運だった。
主治医については、知り合いの医師が紹介してくれた当該大学のOBである医師からの情報と口添えに頼ることにした。結果的にこれ以上ないベストの選択ができたと思う。
主治医は手術の執刀医でもあるので、どのような人かを知りたい。経歴や評判はある程度調べることができるが、もう少し知りたい。秋にちょうど食道学会が開かれていて、当該医師の発表の機会があったので、医療系の事情に詳しい友人に頼んで発表の動画を視聴した。専門的に詳しい内容を判断できたわけではないのだが、話しぶりを見聞きして「この人は信頼できる」と思えたことは、治療に向けてプラスだったと思う。
ただ、「本人の話を聞いて、信頼し、期待する」というアプローチは、ファンドマネージャーや経営者のインタビュー動画を見て感じ入っている投資家に近い心の持ち方である(日頃は「そんなものを見ても役に立たないよ」と筆者は言っているのに)。自分のことを、自分で少々おかしいと感じたことを覚えている。「ああ、自分は素人投資家と一緒だな」と思ったのだ。もっとも、現実にがん患者として素人であり、初心者なのだから不自然ではない。