2022年に亡くなった「時代のシンボル」世界的デザイナー、政治家、芸人…三宅一生(中央) Photo:Pool ARNAL/GARCIA/PIXTA

ニュースやドラマなどで頻繁に目にしていた著名人の死は、直接的には知らない我々にも、時として大きな衝撃を残す。時代のシンボルともいえる人々の訃報から、2022年を振り返ってみたい。(フリーライター 鎌田和歌)
※文中敬称略

海部俊樹(1931年1月2日~2022年1月9日)

 NHKニュースでは、「湾岸戦争を受けて、創設以来初めて本格的な自衛隊の海外派遣を決断するなどした」元総理大臣が老衰で亡くなったと昨年報じた。

 元号が昭和から平成に代わった1989年8月から1991年11月まで第76・77代内閣総理大臣を務めた海部俊樹は、初の昭和生まれの首相だった。参議院で野党議員が過半数を占めるねじれ国会の中、衆議院の優越で首相の座に就いた。

 退任後に新党を結成して自民党を離党するも、その後復党。2009年の衆議院議員総選挙で小選挙区で敗退、比例復活もかなわず、これを機に政界を引退した。

 リクルート事件で「政治とカネ」が取り沙汰される中での就任も、在任中はクリーンなイメージで支持率が高かった。

石原慎太郎(1932年9月30日~2022年2月1日)

 初の昭和生まれの首相が海部俊樹なら、初の昭和生まれの芥川賞作家となったのが石原慎太郎。

 作家と政治家の二つの顔を持ち、人気スターだった弟・石原裕次郎とともに大衆から強く支持された一方で、その差別発言は繰り返し物議を醸した。

 一橋大学在学中に小説『太陽の季節』で芥川賞を受賞。同作を原作とした同名映画の主人公には弟の石原裕次郎が抜擢され、兄弟で一世を風靡(ふうび)した。裕次郎が1987年に死去した後、1996年に発表した『弟』はミリオンセラーとなっている。

 1968年に政治家に転身。長年にわたって国会議員を務めた後、1999年に東京都知事選に立候補して当選。その後4期(13年半)を務めた。

 歯に衣着せぬ物言いで知られ、特に「三国人」発言(2000年)や、「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババアなんだそうだ」(2001年)などは物議を醸した。2016年にも都知事選に挑んだ小池百合子現都知事を「大年増の厚化粧」と罵倒した。

 日経新聞(『「震災天罰」「暴走老人」石原節、時に物議』2022年2月1日)や朝日新聞(『「外国人が凶悪な犯罪」「参拝して何が悪いの」数々の石原節』2022年2月1日)など複数のメディアが「石原節」を報じたことからも、賛否両論の振れ幅が大きかった人柄がうかがえる。

※朝日新聞は当初「石原節」としていた記事のタイトルをその後「石原慎太郎氏の主な発言」に変更している。