名経営者として知られた稲盛和夫氏は生前、多くの会社で使われている「予算」という仕組みに対して、「使うな!」と激しい怒りを表していた。その代わりに、自らが経営する会社では「計画」という言葉を使わせていた。「経営の神様」と称された稲盛氏が、予算と計画を「似て非なるもの」と考えた深い真意をご紹介したい。(イトモス研究所所長 小倉健一)
「予算という言葉が嫌いだ!計画に変えろ」
稲盛氏の真意がつかめなかったJAL幹部
毎年、多くの企業では、「来年度の予算」なるものを策定している。会社における「予算」とは、数値目標を持つという意味合いだ。
私たちの日常生活においても「今度の旅行の予算は10万円ね」などと決めておいて、その範囲内で旅費が収まるように旅程を考えたりしている。会社の場合は、コストだけでなく、売り上げや利益なども「予算」として設定することが多い。
例えば、「売上高予算を1億円」としておけば、5000万円まで到達すれば達成率が50%といった具合に、達成率が可視化することができるメリットがある。思うように予算の達成ができていなかったなら、その原因は何かということを考え、対策を打つべく経営に反映させていくのだ。
可視化以外にもメリットがある。それは「中長期戦略の実行書」としての役割だ。
「10年後に売上高100億円の企業にする!」という目標を経営者が立てたとする。その売上高100億円からの逆算で、「会社全体で年10億円ずつ」とか「年20%ずつ」売り上げを伸ばさないといけないということが分かる。それが分かれば、部門別に売り上げの目標値を予算として定めていくのである。
私がかつていた出版社のプレジデント社では、(市場環境の悪い)雑誌の部門は微増、(市場環境の良い)デジタル部門は数十%増の予算を割り振られたりしていたものだ。そして、会社全体として○%増の売り上げを達成するとしたのだ。
この一般の会社であれば当たり前に使う「予算」という仕組みに対して、「使うな!」と激しい怒りを表していた人物がいる。経営の神様こと、稲盛和夫氏だ。
稲盛氏が再建した日本航空(JAL)の事実上の後継者となった植木義晴氏(現JAL会長)は、稲盛氏が「予算」という言葉を嫌っていたことについて、当初は意味が分からなかったようだ。こう振り返っている。
「再建当初、僕らが予算という言葉を使うと、稲盛さんに『俺は予算という言葉が嫌いだ! 計画に変えろ!』と叱られました。『はいっ!』と言って変えたのはいいけれど、予算と計画とでは何が違うのか。稲盛さんは説明してくれなかった。僕らは『言葉を変えても、意味は同じじゃないか』と思っていた」(日経ビジネス、2018年6月27日)
しかし、経営の神様が叱ることには意味があるのだ。稲盛氏が、予算と計画を「似て非なるもの」と考えた深い真意について、JAL再建当時の経営幹部たちの言葉を借りながらご紹介したい。