わが子に「語彙力」を身につけてほしいと思った時、多くの人はまず「本を読ませたい」と思うのではないでしょうか。もちろん読書は大切ですが、それよりも大事なことがあります。『子どもが「学びたくなる」育て方』の著者であり、少人数制授業で「対話」を重視して多くの塾生を志望校に進学させてきた「知窓学舎」塾長・矢萩邦彦氏が、「親との対話」と子どもの語彙力の関係をお伝えします。(構成/編集部・今野良介)

5分でいいから話しかける

コロナ禍で在宅勤務を経験したお母さんお父さんは多いでしょう。休校の時期、子どもがすぐそばにいる状況で仕事をする親の苦労話をよく耳にしましたが、同じくらい「子どもと話す時間が増えてよかった」という声も多かったことが印象に残っています。

とはいえ、忙しいみなさんは、そもそも子どもとコミュニケーションする時間が取れない悩みがあると思います。小学生でもスマホを持つことは珍しくなくなり、親とLINEなどのテキストでやりとりする様子も見かけます。家にいるときでさえ、お母さんにLINEで要件を伝える子どももいます。

忙しいときにもコミュニケーションが取れるのはテキストメッセージの利点ですが、忘れてほしくないのが「発話の重要性」です。

1982年、社会科学者のベティ・ハートとトッド・リズリーは、42の家族を対象としてある実験を行ないました。そこで、家庭での対話の数がそのまま子どもの語彙力に比例するという結果が出たのです。

下の図表をご覧ください。

子どもの語彙数は「親との対話」でこんなに変わる

研究対象となった42の家庭は、家族の職業、母親の教育年数、両親の最終学歴、世帯年収によって4つの社会経済レベルに分けられました。

最も高いレベルが「専門職についている家庭」、最も低いのが「生活保護世帯」とされています。

調査の結果「専門職についている家庭」では、1時間に平均2000語の発話が行われ、3歳の終わりまでに子どもが聞いた言葉の数は4500万語にも上りました。その結果、3歳時点で子どもが獲得した語彙数は1116語でした。

対して「生活保護世帯」では、1時間の発話の数がおよそ600語、3歳の終わりまでに子どもが聞いた言葉の数が1300万語、その結果、3歳時点で子どもが獲得した語彙数は525語。「専門職についている家庭の子ども」とおよそ2倍もの差が出たのです。

この実験で注目したいポイントは、親の「発話」の数によって、子どもの語彙に差が出たという点です。

最近の脳科学の研究でも、読み書きの能力の基盤には「発話能力」があることがわかっています。つまり、子どもの脳は、まず発話するための脳から発達し、脳の同じ部分を応用して言葉を読んだり書いたりする、というのです。学校で必ずといっていいほど音読の宿題が出るのは、言葉を声に出すことがそれだけ言語学習のプロセスのなかで重要だからです。

リズリーとハートの調査においては、親からの「応答」の数や「承認」の回数も同時に調べられました。結果は図表のとおりで、応答や承認が多ければ多いほど、子どもの語彙は増えることもわかります。命令的、否定的なコミュニケーションばかりでは子どもの語彙力は伸びないとも言えます。

私は現在、3歳の子どもを育てる親ですが、複数の会社や学校でのポストを兼任しつつ、講義や講演で全国を回り原稿やスライドの締め切りに追われる仕事をしています。みなさんと同じように、子どもと対話する時間を捻出するのにはやはり苦労します。

しかし、コロナ禍を経て、オンラインにできる仕事とそうでない仕事がはっきりわかったこともあり、オンラインにできる仕事はすべてオンラインへ移行しました。そのおかげで、仕事の合間に子どもに話しかける習慣ができました。

「対話する時間がない」というのは思い込みで、すきま時間に話しかけることをこまめにやっていれば、子どもと話す時間はかなり取れることに気づきました。要は、子どもとの対話を面倒くさがらないことが大切なのです。

朝に「おはよう」の一言を交わす時間は1秒です。どうしても日中に話す時間がないというのなら、子どもの寝顔を見ながら話しかけたっていいのです。毎日やっていれば、10回に1回くらい、子どもの耳に届いているかもしれません。

「おはよう」や「おやすみ」で対話のきっかけを切り開けたなら、5分でも毎日真剣に対話してみてください。1週間で35分、1ヵ月で2時間半、1年で30時間になります。5分はピンとこないかもしれませんが、30時間の対話に影響がないはずがない。

もし小学校6年間続ければ180時間です。寝ないで一週間以上語り合い続けたのと同じ時間になるのです。たとえたわいもない内容でも、子どもの人格や価値観の形成に大きく影響します。

子どもとの対話は、一度に対話する時間の長さや内容が重要なのではなく、親が自分に関心をもって話しかけてくれる事実そのものが大事なのです。

褒められたことではありませんが、我が子は3歳にして、夜遅くまで起きていることもあります。仕事を終えた私と話しているからです。そのせいで、朝は起きられない日もあります。けれど、我が家の対話の優先順位はそれだけ高いので、仕方がないかなと思っています。3歳児検診ではもちろん小言を言われましたが……。

規則正しい生活をさせることも大切ですが、対話も同じくらい大切なのです。(了)

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO
一児の父。親の強い希望で中学受験をしたものの学校の価値観と合わず不登校になり、学歴主義の教育に強い疑問を抱えて育つ。1995年、阪神・淡路大震災の翌日に死者数で賭け事をしている同級生を見てショックを受け、教育者の道を歩み始める。大手予備校で中学受験の講師として10年以上勤め、2014年「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。教師と生徒が対話する授業、詰め込まない・追い込まない学びにこだわり、「探究型学習」の先駆者として2万人を超える生徒を直接指導してきた。
受験を通して「学ぶ楽しさ」を発見することを目指して、子どもが主体的に学ぶ姿勢をとことんサポート。ライブパフォーマンスのように即興で流れを編集するユニークな授業は生徒だけでなく親も魅了する。多くの受験生を志望校進学に導き、保護者からの信頼も厚い。新しい教育を実践しようとする教師・学校からの相談も殺到し、多数の教育現場で出張授業、研修、監修顧問、アドバイザーなどを兼務。生徒たちに偏差値や学歴にとらわれない世界の見方を伝えるため、自身の学歴を非公開としている。
「子どもと社会をつなぐことのできる教育者」を理想として幅広く活動。住まいづくりや旅づくりの研究と監修、シンガーソングライター、カメラマンなどアートの領域から、ロンドンパラリンピック、ソチパラリンピックにジャーナリストとして公式派遣されるなど、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究。独自の活動スタイルについて編集工学の提唱者・松岡正剛氏より「アルスコンビネーター」の称号を受ける。「Yahoo!ニュース」個人オーサー・公式コメンテーター。LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター。キャリアコンサルティング技能士(2級)。Learnnet Edge『自由への教養』探究ナビゲーター・カリキュラムマネージャー。常翔学園中学校・高等学校 STEAM特任講師。聖学院中学校・高等学校 学習プログラムデザイナー。文部科学省「マイスター・ハイスクール」伴走支援事業スーパーバイザー。2022年10月、初の単著『子どもが「学びたくなる」育て方』を上梓。