岐阜駅前の織田信長像岐阜駅前の織田信長像 Photo:PIXTA

今川家と織田家の実力は
実はそれほど差がなかった

 NHK大河ドラマ「どうする家康」は第1回、いきなり桶狭間の戦いから始まった。

 足利一族で駿遠参三カ国を支配した今川義元が、3万5000の大軍を率いてやってきたのを、守護代家分家で小さな尾張すら抑えきれない織田信長が、向こう見ずにもわずか5000人で迎え撃った。

 ドラマでは「一気に踏みつぶされるかと見えたが、桶狭間での奇襲で信長は義元を討つことに成功した」といった常識な展開になっていた。義元がそのまま上洛するつもりだったという伝統的な設定は、今日では否定論が多いので避けたが、奇抜なところはない。

 第2回以降は、松平元康(のちの徳川家康)は愛する妻子の待つ駿河に帰るつもりだったが、三河勢に引き留められ泣く泣く岡崎城にとどまり、織田方と戦うが旗色は悪い。母親からも「武将なら妻や子など忘れろ」と諭され、織田の軍門に下り、信長から瀬名姫と離婚して妹のお市と結婚しろと言われる始末である。

 どうして信長はそんなに怖いのかというと、幼い頃の人質経験でのトラウマのためであり、天才的で鬼のような異形の人物で、誰も頭が上がらないという設定だ。

 だが、この前提は根本的に間違っている。