卓越したスイング理論を持ち、打撃への探求心は旺盛。コーチ時代は「教えだすと止まらない」ほどの情熱で後進を育てた。西武では和田一浩、アレックス・カブレラ、ソフトバンクでは城島健司、井口資仁。スランプに陥る打者を、あるいは強打者をさらに花開かせる金森理論として広く知れ渡っている。

 昨秋、東北楽天ゴールデンイーグルスを離れた金森は「早稲田で打撃の研究をしたい」との意向を強くした。そこで同期である國定薫(稲門倶楽部副会長、全日本女子野球連盟副会長)の進言を受け、この春より早稲田大ベースボール科学研究所の招聘研究員となる。同時に野球部コーチとして打撃の指導、研究をするということで母校のグラウンドに戻ってきたのだった。

「金森さんがすごいことは知っていたけど、部員を見抜く力には舌を巻いた」

 そう小宮山は言う。下級生のバッティングフォームを見ただけで、「彼はモノになる」と金森は断じた。高校時代の活躍などの予備知識は一切なく、金森が初めて会った部員だった。

 金森はそれだけの実績がありながら、胸の反ることのない人格者でもある。

 小宮山がとりわけ熱心に語るのは、金森が苦労人であること。当時の高校野球の強豪・PL学園に中学から入学するものの、全国から精鋭が集結する高校での野球部入部はかなわない。そこを頼み込んで入部にこぎつける。早稲田大では下級生の頃に夜遅くまで下宿の玄関先でバットを振っていた。

「今の学生には基礎体力が足りない。そこを金森さんも見抜いている。本人も走り込んで、のし上がってきているので」

 23年の早稲田大野球部は梁山泊。傑物が集い、若人が研鑽(けんさん)を積む。球春が待ち遠しい。

(敬称略)

小宮山悟(こみやま・さとる)
1965年千葉県生まれ。早大4年時には79代主将。90年ドラフト1位でロッテ入団。横浜を経て02年にはニューヨーク・メッツでプレーし、千葉ロッテに復帰して09年引退。野球評論家として活躍する一方で12年より3年間、早大特別コーチを務める。2019年、早大第20代監督就任。