長野典史氏、エイブリック取締役執行役員兼CAO長野典史氏。エイブリック取締役執行役員兼CAO(Chief Administrative Officer)。1986年、東京大学卒業後、総合電機メーカーに入社。人事畑を歩み成果主義型人事制度を導入する。その後8年間のニューヨーク本社勤務を経て、M&A経験を経て学んだダイバーシティ前提のアメリカ式人事ポリシーを具体的施策として展開する。2016年7月に現職へ転職。(筆者撮影)

家族が要介護になったときに、労働者が介護のために3回まで、通算93日まで休業できる「介護休業制度」。取得可能日数を増やす企業が増えているが、介護休業を取ったところで、仕事を離れなくてはならないことには変わりない。しかし、「たとえ親の介護が必要になったとしても、職場を離れなくていいように会社がサポートする」という企業が現れた。この新しい介護離職対策を打ち出したのは、東京都港区三田に本社を構えるエイブリックである。同社の取締役執行役員兼CAOである長野典史氏に、なぜこうした取り組みを始めたのかを取材した。(百寿コンシェルジュ協会理事長、社会福祉士 山崎 宏)

現状の介護休業制度は「3カ月限定の離職」と同じ

 仕事に家事に多忙を極める現役世代にとって、老親問題はプライベートにおける最大のリスクである。育休・産休や子育て中の社員への支援は各社進んでいるが、今後40代半ば以降の社員が増えてくれば、企業にとって、介護問題に悩む社員のケアはこれまで以上に重要な課題になってくるはずだ。

 ビジネスパーソンの介護離職対策としては介護休業制度があるが、その内容は「親が要介護2以上であれば、93日間は通常賃金の67%は支給するから、職場を離れてもいいですよ」というものだ。3カ月限定の介護離職を推奨しているようなものである。

 実際にこの制度を運用する中で、介護休業の取得可能日数を増やす企業が増えているが、それよりも有効なのは「親の介護のことで職場を離れなくてもいい」という労務インフラを用意することである。筆者の知る限り、初めてそうした施策を打ち出した企業が、アナログ半導体の専業メーカー、エイブリックだ。

 エイブリックではこれまで、出産・育児・介護・私傷病といった社員個々の事情と仕事の成果を両立させるための制度を整えてきた。社員の平均年齢が上がるにつれ、社員の親の介護にまつわる話を耳にする機会が増えてきたという。

 上述のように、介護休職とは社員に3カ月限定で介護離職をさせるようなものだ。長野氏は社員の介護に関する悩みを聞くうちに「介護休職を取得して職場を離れることは、必ずしも本人や職場のためにならないのではないか」と考えるようになった。本人にとってはキャリアの中断になる上に、何よりも収入がなくなってしまうのがつらい。また、エイブリックのような技術知識集約型のメーカーにとっては、習熟した社員が欠けるのは会社にとっても周囲の社員にとってもかなりの痛手である。

 そこでエイブリックでは、従来通りの介護休業を希望する社員にはそのように対応しつつ、それとは別に「老親に何かがあっても職場を離れずに済む」という選択肢を用意することにした。