少年イーロンは、好奇心旺盛で、活発な子だったが、ときどき自分の世界に入ると、呼びかけてもまったく反応がなくなることがあった。両親は心配して、耳鼻科の医者に診てもらったこともあるが、別に聴力に異常は見つからなかった。

 こうしたエピソードは、自閉的な傾向をもつ子どもで、ときに見られるものである。内的世界に没入し、自分の考えに過集中するため、外界からの声や物音がまったく耳に入らなくなってしまうのだ。外からはうかがい知れないことだったが、イーロンのなかでは、その後の彼の能力の源となるようなことが起きていた。イーロンはインタビューに答えてこう述べている。

「5~6歳のころ、外界と断絶して一つのことに全神経を集中させる術を身につけた」

「脳のなかには普通ならば、目から入ってきた視覚情報の処理にしか使われない部分があるが、その部分が思考プロセスに使われるような感じかな。とにかく、視覚情報を処理する機能の大部分がものごとを思考する過程に使われていた。いまはいろいろなことに注意を払わなければならない身なので、以前ほどではなくなったが、子ども時代は頻繁にハマっていた」

 視覚情報を処理する脳の領域で思考すること、それは、まさしく視覚統合の働きにほかならない。イーロン少年は白昼夢に耽りながら、視覚統合の能力をフル活用するようになっていたのだ。視覚統合は、現実にはないものをイメージし、思考を展開する能力でもある。イーロンはこうも述べている。

「イメージとか数字の場合は、相互の関係や数学的な関連性を把握・処理できる。加速度とか運動量とか運動エネルギーなんかが物体にどういう影響を与えるのか、鮮明に浮かんでくるんだ」

 彼はイメージによって思考する技を、子どものころから身につけていた。

 そんなイーロンは、ただ空想に耽っているだけではなかった。彼が子どものころから熱中したもう一つのことは、読書だった。いつも片手に本をもっていたという。

 弟の証言によると、1日10時間読書に没頭することも珍しくなかったし、週末には必ず2冊の本を1日で読破していたという。学校の図書館の本を読み尽くして、読むものがなくなったため、ブリタニカ百科事典を読み耽った。小学生の間に、2つのシリーズの百科事典を読破していたイーロンは、「歩く百科事典」と言われるほどのもの知り少年になっていた。