アートと重なるイノベーションに必要な時間の捉え方
このように意味のイノベーションでは「時間」が重要なファクターです。それは深い思考を要求されるからです。よく文章を書いた後に「寝かす」ことが重要とされます。2〜3日間、日常生活で別のことに携わり、当然ながら睡眠を取って頭を休ませた後、もう一度、その文章を読む。そうすると最初に書いたときには気が付かなかった「論理の穴」に気が付いたりします。シンプルな誤字脱字も発見できます。「夜に書いた手紙は翌朝読み返せ」ということも同じです。夜は感情の高まりの中で文章を書きがちであることを言い当てています。この「寝かす」が意味のイノベーションでも求められ、じっくりと多角的に練ったビジョンやコンセプトが「洗練されている」と形容されるのが理想的です。
もちろん、画家たちの例にあるような「数年以上」という時間をビジネスの現場に適用するのは難しいでしょう。ただ、「デキル人はメールに速攻で返事する」というコンテクストで語られる時間イメージとは違うのです。個々のケースによって異なるので必要な時間を明記するのは難しいですが、少なくとも数時間や数日ではないのです。ベルガンティは現代のビジネスの世界では1カ月が適当と書いています。もちろん、ただ漫然と時を過ごすのではなく、日常生活の中での経験の一つ一つを「自分が今欲している方向」にひも付けてみるのです。
いわゆるアイデア出しとは根本的に異なる点に注意してください。アイデアは一瞬のひらめきや思い付きを重視します。そこに思考の深さはあまり求められません。イノベーションのメタファーとして電灯に灯がともるイメージが多用されます。これはアイデアが浮かぶことを指しています。一方、視覚的比喩を意味のイノベーションに使うならろうそくかもしれません。大切に思いながら長い時間、か細く揺れる灯を見続けるという意味でろうそくがふさわしいのです。
冒頭の食事の例えでいえば、ファストフードではなくスローフードが、意味のイノベーションの時間感覚になるわけです。それは機能的な食ではなく、味わいのある食という観点でもふさわしいでしょう。時間そのものの意味を問い直す、これも大切な一歩です。
次回は「言葉」の問題に触れます。本連載5回目で。書き言葉よりも、話し言葉の方にウエートを置くのが良いと記しました。意味はコンテクストの中で感じるものでもあります。こうした素材を扱っていきます。