自動車修理工場の無能
R・グリース自動車修理工場で働くE・ティンカーは、たぐいまれな熱心さと知性を持った見習工でした。彼はすぐに一人前の修理工に昇格しました。ティンカーは、原因不明と思われた故障箇所を見つけ出す能力に長けており、修理にもとことん粘り強く取り組みました。その結果、彼は作業班長への昇進を手に入れたのです。
しかし、作業班長としての職務では、彼の機械好きと完璧主義があだになりました。彼は、工場のスケジュールがどんなに過密でも、面白そうだと思った仕事は「なんとかやってみましょう」と何でも引き受けてしまうのです。
ティンカーは、自分が満足できないかぎりは作業の終了を宣言しません。絶えず修理作業に首を突っ込むので、彼が机の前で仕事をしている姿などめったに拝むことはできません。彼自身がエンジンを分解して鼻の頭をまっ黒にするのはかまわないのですが、本来その仕事をまかされるはずの修理工は傍観するしかなく、ほかの修理工も自分に仕事が割り当てられるのを呆然と待つだけです。こうなると、工場は仕事がどんどんたまって混乱し、納車が遅れるのも当然のなりゆきということになります。
修理を依頼した顧客にとっては、修理の完璧さより、約束した納期を守ることのほうが重要な意味を持つということをティンカーは理解できないのです。さらに、修理工たちにとっては、車のエンジンよりも給料のほうが大事だということにも考えがまわりません。結果として、ティンカーは顧客と部下のどちらの支持も得られないでいます。修理工として有能だった彼は、いまや無能な作業班長という地位にあるのです。
軍隊の無能
今は亡き高名なA・グッドウィン将軍の例を見てみましょう。
さりげなくも力強い物腰、パンチの効いた話し方、くだらない規則を鼻で笑う大胆さ、そして勇敢さを絵に描いたような人柄ゆえに、彼は部下にとってカリスマ的存在でした。そして実際、部隊を数多くのすばらしい勝利へと導いてきたのでした。
そのグッドウィンが陸軍元帥の地位に昇りつめると、こんどは一般の兵士ではなく、政治家や連合軍の大元帥といった人々を相手にしなくてはならなくなりました。
しかし彼は、そこで要求される慣習とか外交儀礼などにはどうしても順応できませんでした。しきたりだからといって礼儀正しくしたり、歯が浮くようなお世辞を言ったりするのは、彼の性分には合わなかったのです。
そのためグッドウィンは大物たちと衝突し、部屋でヤケ酒をあおる日々を過ごすことになりました。当然、戦場での指揮は彼の部下に委譲されました。グッドウィンが昇進したところは、彼には職責を果たせないポストだったのです。
次回、組織に蔓延する「無能」を観察したピーター博士がたどりついた「ピーターの法則」の全貌に迫る!
(3月28日公開予定)